保健・医療・福祉の分野で新たに「地域共生社会」という概念が提示されています。地域共生社会とは、「誰もが住み慣れた地域で、生きがいをもって暮らし、共に支え合う社会」です。
国においても「ニッポン一億総活躍プラン」(平成28年6月2日閣議決定)において地域共生社会の実現が位置づけられ、それを受けて社会福祉法が改正されるなど取り組みが進められています。
一方、これまでは「地域包括ケア」が保健・医療・福祉の分野で進められてきました。地域包括ケアという言葉は広島県御調町の(現在は尾道市)の「公立みつぎ総合病院」の山口昇医師が最初に使われた言葉であり、「地域包括ケアシステム事例集成」※の冒頭において次の通り解説されています。
「地域包括ケアという概念をはじめて提起したのは1970年代に、広島県御調町の「公立みつぎ総合病院」の山口昇医師である。山口医師によると、脳血管疾患等で救急搬送され、緊急手術で救命し、リハビリによって退院した患者さんが、1、2年後に寝たきり状態になって、再入院してくるケースが目立つようになった。その多くが褥瘡を作り、また、おむつをあてた状態で、しかも痴呆症症状が進んだ状態になっていることが多かった。その原因は共稼ぎ等による家族介護力の低下、おむつ失禁を余儀なくされる不適切な介護、自宅の療養環境の問題。さらに日中の家族不在により家に閉じこもりがちになるため認知能力の低下などがみられることなどの複合的な要因によるものであったと分析されている。
山口医師は、このような状況に対応すべく、医療を自宅に届ける出前医療、訪問看護、保健師の訪問、リハビリテーション、さらに地域住民による地域活動の充実、などの活動を導入するとともに、1980年代には病院に健康管理センターを増設し、ここに町役場の福祉と保健行政を集中させて、社会福祉協議会も移設し、文字通り保健医療介護の一体的な推進体制を構築することになった。」
患者一人一人の問題から、その社会的な背景や課題を捉え、必要なサービスを提供していく、という考え方は、まさにあらゆる行政の政策を考える上で基本的な考え方になるものです。
そして、地域包括ケアは当時、寝たきり老人への対応ということで、あくまでも高齢者を対象に考えられた概念でした。そういった背景から現在でも法律上、地域包括ケアは高齢者が対象のままになっています。
では、今なぜ地域共生社会なのか。それは現在の課題を紐解いていけば自ずと答えが導き出されます。岡山市では4つの課題を洗い出しました。
1つ目の課題は、地域包括ケアが高齢者に限定されていること、またこれまで進めてきた地域包括ケアそのものが不十分ということです。
身寄りがないとか経済的に困窮しているなど福祉的な課題を抱える人について、高齢者であれば、地域包括支援センターが総合的な窓口として対応していますが、「65歳未満については、どこに相談すればいいか分からない」との声があります。また、子供や精神障害のある人、がんなどの疾病を抱えた方などについても、地域包括ケアが十分に提供されている状況ではありません。
さらに、岡山市が平成29年度に行った病院へのヒアリング調査によると、「今は特定の医師に在宅医療の負担が集中している現状がある。」といった意見があり、高齢者の在宅医療の提供について、地域によりばらつきがある状況です。このような背景から、市民の約4割が終末期を「自宅」で過ごしたいと希望しているにも関わらず、実際に約1割の人しか実現できていない、という現状があります。
2つ目は世帯が抱える複合課題への対応です。
高齢化、核家族化、晩婚化などの影響により、介護と育児に同時に直面する世帯(ダブルケア)や、要介護の親と障害のある子(8050問題)など、複雑・複合的な課題を抱える個人や世帯が顕在化しており、一つの相談機関だけでは解決が難しくなってきています。また、身寄りのない人の増加によって、入院・退院時の対応や看取りや死亡後の対応なども課題となっています。
3つ目は地域から孤立している人の増加です。
課題を抱える個人や世帯について、これまでは家族やご近所づきあい、地縁組織、民生委員・児童委員などの地域での支え合いにより、適切な支援に繋げてきましたが、地域での繋がりの希薄化や単身世帯の増加などで、誰にも相談できない中、地域から孤立して、問題を深刻化させるケースもあり、社会的弱者が支援に結びついていないという現状が有ります。
4つ目は地域力の低下です。
社会的弱者などを適切な支援に繋げるためには、身近な地域での付き合いや日々の暮らしの中での日常的な見守りなど、地域での繋がりが必要です。
しかしながら、人口減少・少子高齢社会が進行する中で、町内会の加入率は減少し続け、役員が高齢化・固定化するなどの「地域任せ」では地域のコミュニティの継続は困難な状況です。実際に、これまで地域で担ってきた役割(ごみ当番など)について、高齢化や担い手不足によってこのままでは継続が困難、といった声があります。
これらの課題に対応するため、岡山市では平成30年度、新たに地域共生社会推進計画を策定し、5つの柱を掲げて地域共生社会を進めることとしています。
1つ目の柱は、高齢者だけではなく、障害者や子供など全分野での地域包括ケアの推進です。特に、病気を抱えながらも地域で暮らすためには、在宅医療の提供体制が欠かせないものであることから、地域毎に医師など関係者によるワーキンググループを設置し、それぞれの地域で在宅医療を提供するための具体的な仕組み作りについて議論を始めています。
2つ目は総合的な相談支援体制作りです。これまで8050問題やダブルケアなど複合的な課題については各相談機関の現場レベルの連携により、なんとか支援をしてきましたが、そこを現場任せにするのではなく、組織的に対応する仕組み作りを進めています。
3つ目は生涯活躍できる体制作りです。抱える課題のうち、高齢・障害・病気・子育てなどを理由に働くことができない場合があります。就労は生活の基盤を整える上でとても大切であり、自己実現の観点からも重要であることから、一人ひとりの課題に応じたきめ細やかな就労支援を行える仕組み作りを進めていきます。
4つ目は地域で支え合う仕組み作りの推進です。地域作りに関わる市の関係課や関係機関による組織横断的な体制を作り、地域の情報やそれぞれの事業、現状の課題などを共有し、各組織が相互に連動しながら支え合いの地域作りを推進することとしています。
5つ目は、地域住民だけではなく、社会福祉法人やNPO法人、民間企業などの多様な主体の地域づくりへの参画を促進することとしています。
岡山市の地域共生社会推進計画の特徴は、課題を直視し、その課題を明らかにすることです。
また、市の取り組みとして既にできていることとできていないことを整理し、その対応を明記したことです。
制度や政策に正解はありません。時代の移り変わりと共に新たな課題が出てきます。我々行政は、山口医師が地域包括ケアを実践したように、直面する課題を正確に捉え、具体的な対応策を実践していく必要があります。しかし、何ぶんにも行政だけのアイデアや実践にも限界があります。行政だけではなくて、市民や医療・介護・福祉関係者など、地域で暮らす人々が皆で協働し、実践していくことが今、求められています。
【文献】
※平成26年3月発刊 株式会社日本総合研究所『地域包括ケアシステムの構築に係る自治体の取組状況の整理・分析に関する調査研究事業報告書「地域包括ケアシステム事例集成」2枚目「地域包括ケアシステム事例集の報告にあたって」(平成26年3月ワーキンググループ座長 高橋紘士)』(平成25年度 厚生労働省老人保健事業推進等補助金 老人保健健康増進事業)
出典:厚生労働省ホームページ(http://www.kaigokensaku.mhlw.go.jp/chiiki-houkatsu/)
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