2018年3月末、文部科学省は都道府県教育委員会に対して行った高校生の妊娠に関する実態調査の結果を公表した。調査によると2015年・2016年度で把握している高校生の妊娠が2098件でその内約3割が自主退学している。この結果を見て、文部科学省は妊娠した高校生が学業を継続できるよう支援を求める通知を出した。この報道を見て読者はどのような感想を持っただろうか。
私は2000年から15年間、高校の教員として約3000人の女子高校生の指導をしてきた。生徒指導や教育相談の担当をする年もあり、自分の勤務する学校だけでなく、他校の様子なども見聞きしてきた。あくまで経験上の話だが、妊娠する高校生の数は世間一般の方が思っているよりも多いのである。しかし学校現場において「高校生の妊娠」はタブーであり、学校の公式筋から表に出ることはほとんど無い。では、なぜ、高校生の妊娠は学校でタブー視されるのだろうか。なぜ、3月末のタイミングで文科省は調査結果を公表したのだろうか。元高校教員の立場からこの問題をとりあげてみたい。
奇しくも文部科学省の調査結果公表と同じタイミングで、私は「妊娠した高校生の支援を考えるプロジェクト」提言書を岡山県に提出した。このプロジェクトは文部科学省と全く関連は無いが、2017年8月よりアンケート及びヒアリング、その結果を受けての支援者によるフォーラムなどを行い、提言へと結びつけた。
なぜ私がこのプロジェクトを立ち上げようと思ったのか。
高校生が妊娠するとどのような流れで学校は動くのか、一般的にありがちなケースを紹介する。生徒または保護者より妊娠の事実が担任に報告されると、最初に動くのは大抵は生徒指導部ではないだろうか。生徒の健康上のことよりもまずは妊娠に至った経緯の調査を始める。多くの学校では、校則の中に「不純異性交遊の禁止」というニュアンスで異性との交際に関する項目がある。妊娠したということは、妊娠に至る行為=性行為を伴ったわけであり、すなわちそれは「高校生にはふさわしくない不純異性交遊」である。そう、生徒の妊娠は「生徒指導事案」の中の「逸脱行動」なのである。生徒指導事案であるので、特別指導という名の懲戒の対象となるのだが、人権上及び母体に対する健康上の配慮で、妊娠を原因とする直接的懲戒処分を下すのは難しい。その上、生徒が中絶せずに「産む」という選択をした場合、学校としてどのように対応すれば良いのかが分からない。そもそも通常の学校運営の中で、妊婦である生徒の指導を想定していない。まして「我が校から妊娠した生徒がいることが地域の皆さまに知られたら、学校の評判はガタ落ちだ・・・」というスタンスの管理職であれば、妊娠した生徒は「面倒な存在」でしかない。そこで教師は、妊娠した生徒に対して「自主退学」をするように勧める。
担任は生徒と保護者を学校に呼び、妊娠に至るまでの過程に対し、反省を促し、今後の方針を聞く。そこで「産みたい」と意思表示をすれば、ただちに「自主退学」へのレールが組み立てられる。退学願い(「届け」ではなく「願い」)が渡され、その理由には「一身上の都合」と書かせる。「出産のため」と書かれることはあまり見られない。生徒サイドから退学願いが担任に提出されると、担任は、その退学願いを受理するための稟議書を作成する。稟議書には担任の副申を添える。副申書には「保護者・本人共、強い意思で退学を希望しているので許可をお願いします」と書く。ここにも「妊娠・出産」を匂わす言葉は書かない。あくまで、一身上の都合で自主的に学校を辞める(多くの学校では「進路変更」という言葉を使う)のである。職員室では「一身上都合による生徒異動」という文言で共有されるため、妊娠が原因で退学したとオフィシャルでは分からない。教室からいつのまにか消えたクラスメートに対し、さまざまな憶測が飛び交う中、表面上は何事も無かったかのように時が流れる。妊娠した生徒が学校を去った後、どうなったのか、それはもう学校の知るところではない。
さて、「高校生の妊娠」で何が問題なのだろうか。学校が高校生の妊娠をタブー視するあまり、生徒を自主退学に向かわせることなのだろうか。私は必ずしもそうではないと考える。文科省調査結果の報道を見て「私は妊娠した高校生の味方よ」というスタンスの方の多くは「妊娠した高校生の学びの機会を学校が退学という形で奪うなんてけしからん!!」と、妊娠した生徒に向き合わない学校の態度を批判する。しかし、問題の構造はそのような単純なものではない。
高校生が妊娠・出産する場合、
① 経済的に自立していない状況下での子育てに対する金銭上及び精神的不安。
② それに対する周囲のサポートの弱さ。
③ 退学により得ることのできなかった「高卒資格」という学歴。
④ 学歴が無いことによる就労の問題。
①について、若年妊娠の場合、パートナーの男性及び当事者の親等からの支援が必要不可欠である。しかし、パートナーには子育てに寄り添う意識が無い、犯罪被害による妊娠、当事者の親の経済状況が悪い、などのマイナス要因が増えれば増えた分だけ、当事者は経済的にも精神的にも追いつめられる。
②について、家庭以外に相談できる場があれば良いが、公的相談機関へリーチできない、したくない(公的機関は「怖い」ところだと思い込んでいる)、誤った情報や偏見などが提供されるリスクを含むSNSコミュニティの不確実性など、当事者をサポートする体制が整っているとは言い難い。
③ ④について、高校を中退した場合、当然ながら「高卒」ではない。
以前、相談を受けた10代で出産し、現在シングルの20代後半の女性は、ハローワークに行っても、学歴フィルターで求人数が本当に少ないと困っていた。このような人は通信制高校などで子育てをしながら高卒資格をとるという選択肢が想定される。どの通信制高校が良いのか?学費は?スクーリングに子どもを連れていくことは可能か?など、学校ごとに調べていかなければならない。10代の内は、青少年対象の相談窓口が複数あるが、20代を過ぎると高卒資格取得のための相談の場が少なくなる。
プロジェクトで行ったアンケートでは、当事者のストレートな意見が寄せられた。その一部を紹介する。
当時通っていた県立高校へは妊娠を伝えていませんでした。高2の頃の担任から「自分が不在の間に自主退学していたので心配している」という内容のハガキが届いたので、状況を書いて返事を出したのですが、担任からの返事は二度とありませんでした。やはり進学校ではタブーだったのでしょうね。20歳の頃、就職しようとしても小さな子供を連れていることや中卒ということで、アルバイトすらなかなか決まらなくて本当に苦労しました。今思えば同じ学校でなくても子どもを預けて復学できるシステムだったり、同じ環境の人と話せる機会や、高卒認定への支援だったり金銭的な支援があれば良かったのにと思います。
文部科学省の調査結果の公表を受け、「妊娠した高校生の中退」というテーマは世間の関心を集めている。しかし、「10代の高校生が妊娠したら中退させられた!」という一面がセンセーショナルに扱われることが多く、その後の支援や、そもそも、かつて妊娠中退を経験し、現在子育てをしている当事者の実情など、まだ十分に知られていない。また、そのような高校生と最も近いところにいる高校の先生の声が聞こえてこない。私は、高校生の妊娠の是非だけを取り上げたり、必要以上にタブー視したり、一面的な事例紹介にとどまってはいけないと思う。「妊娠した高校生の支援を考えるプロジェクト」では、妊娠した高校生への伴走支援と支援体制の構築、妊娠した高校生へ情報を届けるための仕組み作り、休学・復学など学び続けられる体制作り、子育て支援などへの接続、と幅広い支援活動を多様な主体を巻き込んで行う予定である。
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