生殖補助医療に携わる立場の者として、その倫理的な問題についての考えを求められることが多い。今回は、まず生殖補助医療の代表的な治療法である体外受精について、その実態を説明したい。
【20人にひとりが体外受精で生まれている】
2017年に報告された日本産科婦人科学会による全国567施設の集計によれば、2015年の体外受精による出生児は51,001人に昇っている。厚生労働省人口動態調査での2015年の全出生児100万5001人に照らし合わせると5.1%、すなわち20人に一人が体外受精で生まれていることになる。
【体外受精が始められたのは?】
英国の外科医パトリック・ステプトー先生(故人)と受精卵培養を手掛けたロバート・ジェフリー・エドワーズ博士(故人)によって、1978年に世界初の体外受精児であるルイーズ・ブラウンさんが誕生した。彼女は既にご自身も自然妊娠で子どもさんをもうけられている。
日本では、1983年に初めての体外受精児が生まれ、2015年までに48万2,627人が体外受精によって生まれている。
世界初の体外受精を行ったエドワーズ博士には、2010年にノーベル生理学・医学賞が贈られている。
【体外受精どんなことをする?】
体外受精は、通常1つしか発育しない成熟卵子を排卵誘発剤を使って多数発育させ、膣からの超音波ガイド下に卵子を取り出し(採卵)、卵管での卵子と精子の出会いを体外で行い(媒精)、胚=受精卵を子宮内に細いチューブで注入する(移植)。通常は、1つの卵子に対し数万の運動精子を媒精する(通常媒精)。精子が不足する場合には卵子の細胞質内に1つの精子を注入する(顕微授精ICSI:Intracytoplasmic Sperm Injection)。通常媒精も顕微授精も、前後の治療の流れは全く同じである。最近では、胚盤胞(将来胎児となる細胞と将来胎盤となる100以上の細胞まで発育したもの)を凍結保存し、採卵とは別周期※に移植することが多くなっている(融解移植)。体外受精は、精液所見に異常があっても、両側卵管に異常があっても、また原因が分からないままでも、妊娠が期待できる治療法である。
※「周期」=月経開始日から次の月経が開始する前日までの期間
【体外受精の妊娠率?】
日本産科婦人科学会の2017年の全国集計によれば、表1に示すように体外受精を行った周期数は年々増加し、2015年には、通常媒精93,614周期、顕微授精155,797周期、融解移植174,740周期の総計424,151周期の治療が行われている。また表2に示すように、採卵を行った周期に移植(新鮮移植)した出生児は、通常媒精4,629人、顕微授精5,761人であったのに対し、採卵とは別周期に凍結した胚盤胞を移植する融解移植では40,611人と、出生児の約8割を融解移植が占めるようになっている。
表3に2017年に日本産科婦人科学会から報告された最新の2015年の年齢別成績の全国集計結果を示す。36歳くらいから明らかに妊娠率(超音波検査で胎嚢が確認できた周期)は下がり、流産率は増加し、総治療周期に対する生産率(生児獲得率)は35歳ころまでの20%くらいから40歳では10%を下回るようになっている。この妊娠率や生産率は、単に2015年の治療周期数、妊娠数、生産数から割り出された数字であり、1回の採卵でどれくらい妊娠・出産できるかというものではない。採卵しても、卵子がとれない人や受精卵ができなかったカップルもいる。その一方で1回の採卵で多数の胚盤胞を凍結できることもある。当院で採卵を行った全症例について、「1回でも妊娠できたのかという累積妊娠率」及び「1児出産できたのかという累積生産率」を表4に示す。女性の加齢により、妊娠する可能性は明らかに下がり、流産の確率は高くなっている。一人出産できたかという累積生産率は、34歳以下では47%あるのに対し、42-43歳では4.8%と減少しているのは明確である。
【なぜ女性加齢で妊娠しにくくなる?】
精子は思春期から造られ出し、一日数千万が造られるのに対し、卵子は胎児期に造られ減少していくと伴に質的な低下も起こってくる。このため女性加齢と伴に妊娠しにくくなり、流産率が高くなり、ダウン症候群で代表される児の染色体異常の発生頻度も高くなる。もちろん年齢に関わらず妊娠しにくい原因があることも考えられるが、子宮筋腫や子宮腺筋症、子宮内膜症なども月経がある期間は病変が進行する。妊娠成立だけでなく、妊娠中の異常や分娩においても合併症などの発症率は高くなる。35歳くらいまでに出産を完了することが一番望まれる。
【体外受精の費用と補助】
体外受精に対して、「特定不妊治療費助成事業」として補助金が自治体等から出る制度がある。この制度は実質的年収が730万未満の夫婦で、少なくとも夫婦の一方が対象地域に居住1年以上(もしくは、1年以上の居住見込)であることなどの条件があるが、初回については上限30万円、2回目以降については上限15万円(融解移植のみについては7万5千円まで)の補助金が出る。女性年齢40歳未満での治療開始では6回までで、40歳以上では3回までである。43歳以上では補助の適応では無くなる。このほか自治体によっては少子化対策として別途に補助金を出すようにしている自治体もある。
【まとめ】
結婚しなければならないことは無い。子を望む場合も、自ら出産するという選択肢だけではなく、里親制度や養子縁組も考えて良いと思われる。しかしながら、ライフプランを立てるにあたって、また出産を望む人たちを周囲でサポートする側としても、妊娠出産の情報をシッカリ把握しておく必要はある。
自分たちだけで努力してみる、医療的支援でのタイミング法や人工授精を試みることもあって然りである。例え原因不明のままであっても、妊娠しにくい原因が残った場合でも、妊娠が期待できる体外受精も有るにしても、女性年齢と共に出産の期待率は確実に低下していくことを知っておく必要はあるのだ。カップルが出産や子育てしやすい社会的環境を整備することが喫緊の課題である。
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