フランスの在宅入院制度をご存知ですか?

 

フランスには日本と同じく国民皆保険制度があります。医療を受ける際にはあらかじめ医療費全額を支払い、申告により後から還付を受ける仕組みになっています。概ね70%が還付され、30%は自己負担となっています。自己負担分は個人により補填する保険があるため最終的には10%くらいの負担だそうです。還付率は診察費、薬剤費、検査費などで異なっています。長期に亘る疾病に関しては医療費の免除の仕組みも存在します。

 

 

かかりつけ医の指定

フランスも御多分にもれず、医療費の増大に悩んでいます。フランスは1990年代から医療費の増大に対して度重なる保険料の値上げで対処していましたが、経済の不振もあり、医療改革に舵を切らざるを得なくなりました。

 

2005年からは16歳以上の国民はかかりつけ医を指定することが義務付けられました。どのかかりつけ医を選ぶかは自由ですが、病気になった場合には、まずかかりつけ医を受診することが基本になります。かかりつけ医は診断の後、必要があれば専門医に紹介状を書きます。かかりつけ医を受診せずに最初から病院の専門医を受診することも可能ですが、その場合には還付される率が大幅に下がり、かつ補填の保険も使えなくなり、自己負担が増える仕組みとなっています。かかりつけ医の制度は、受診抑制をもたらし医療費の量的抑制効果が出ているようです。


フランスの医師は診療科によって行うことのできる診療行為が厳密に規定されています。そのため、血液検査をするには他の医師を受診、超音波検査をするためにさらに別の医師、放射線診断を行うためにさらに他の医師を受診するなどというようなことが起こります。患者さんにとっては。。。いささか不便な状況のようですね。

 

 

地域圏保健庁(ARS)の極めて強い権限

フランスの病院は約8割が補助金などの恩恵を受けている公立の病院です。したがって国の政策がそのまま反映しやすい状況にあります。この中で1991年には各地方に地域医療計画の策定を義務付けました。その中で病院の病床数や急性期、長期療養などの病院の性格付け、病院の統廃合、診療科の統廃合、各医療機関の連携の構築、高額医療機器の整備状況までもが策定されました。最初は策定だけだったのですが、その後法律が定められたことにより、この計画を実際に実行することが義務付けられたのです。一生懸命考えてお餅の絵を描いたはいいが、これを食べられる餅にせよというお上の命令が下ったのです。これを主導したのが2010年に創設された地域圏保健庁(ARS)で、大きな権限をもって保健行政を司っています。日本でも県単位の衛生福祉課の主導で地域医療計画が策定され、病床数などが定められ、今後は稼働していない病床の削減などが計画されているようです。フランスでは同じようなことがすでに行われ、しかも、もっとドラスティックな方向で実現されていたのです。

 

フランスの多くの病院は公立であるという性格から、その医療の質、医療内容にも大変厳しい目が向けられています。急性期病院の平均在院日数は国全体では14日程度ですが、大都市では7-8日になっています。医療費の削減が求められるため、在宅での経過観察を求められることが多いようです。このために在宅入院という制度があります。

 

在宅入院( HAD; Hospitalisation a Domicile)の制度

フランスに於ける在宅入院制度はもともと1951年、結核在宅療養制度の時代にパリで生まれました。フランスでは現在約220のHADが存在しています。在宅入院になる患者さんは周産期からターミナルケアまでの急性期疾患で、病棟での入院と同様の高度レベルの医療を家庭で行うことができるというものです。

 

奥田成希医師(おくだ在宅クリニック/京都市)は、在宅医療とは「国の入院回避あるいは在院日数短縮化政策」と「利用者QOLの向上」という両者の利が合致して生まれた「在宅高度医療」であると述べられています。

 

HADは公立病院に設立が義務付けられており、入院当初から在宅での療養を視野に、連携をコーディネートする医師が、訪問する看護師(HAD所属看護師、開業看護師)やかかりつけ医などの訪問と診療を調整するようになっています。コーディネート医師は、日本の介護保険に於けるケアマネージャーがケアについての計画を立てるのと同様の仕事をしている訳です。


多くの化学療法はこのHADで行われており、抗がん剤を病院で投与する際に在宅チームが病棟を訪れて在宅での円滑な化学療法継続の情報を得るようになっています。その後に退院した患者さんは在宅でコーディネーター医師の依頼したかかりつけ医や開業看護師の往診をうけ、CVカテーテルの管理や化学療法を行います。薬剤師は薬局で抗がん剤の受け渡しを行います。かかりつけ医や看護師が副作用の管理も行い、在宅で抗がん剤治療をうけるのです。


在宅入院の患者さんはがんをはじめとして、ALS、パーキンソン病、アルツハイマー認知症、心疾患等に加えて多様な術後管理等が必要な患者さんです。在宅でのケアは主に看護師が行いますが、必要に応じて1日に多数回訪問するようになっています。ケアの内訳としては点滴管理、化学療法、褥瘡ケア、ガーゼ交換酸素療法、リハビリテーションなどです。看護師はケアをするだけではなく、患者さん家族への教育なども行うようになっています。


HADは病床として登録され完全に入院として扱われており、必要があれば24時間対応が行われ、自己負担は発生しません。HADでの医療費は入院した場合の1/4から1/5とされており、医療費削減の面からは効果が高いと考えられます。

 

入院は必要ですか?

アンソニーホプキンス主演のハンニバルという映画をご覧になったことがお有りですか?劇中に顔の皮を剥がれたメイスンという富豪が出てきます。本年のアカデミー賞主演男優賞のゲイリーオールドマンが演じた役柄です。(今回彼がウインストンチャーチルを演じた際も特殊メイクで元の顔とは似ても似つかぬ顔でしたが、ハンニバルでも顔の皮がないためゲイリーオールドマンとは、、、。名優は顔で演技をするのではないのですね。)彼は広大な屋敷の中で多くの人にかしずかれながら最新の医療機器に囲まれ、いわばHADと同じような生活をおくっています。


ところでこの映画の中の彼の家は、ノースカロライナ州のアシュビルというところにあるビルトモアハウスというところなのですが、ご存知でしたか?鉄道王のワシントン・ヴァンダービルが作ったこの家は、255室あるという広大なものです。私はアメリカのサウスカロライナ州に留学したことがあり、最初に観光で訪れたのがこのビルトモアハウスでした。紙と木の家で育ってご飯と味噌汁の生活をしてきた日本人には到底想像もできない脂っこい家だなあという感想を持ちました。


話がそれました。ともあれ大きさに違いはあるとはいえ、あれこれ考えて建てた家、長年家族で住んできた家、代々住み続けた家、思い出の品に囲まれた家、ペットのいる家、丹精した庭の見える家、など様々な家があると思います。どんな家でも自分の家は嫌いな方はいらっしゃらないと思います。メイスンのような医療機器に囲まれた特別室でなくても、家に看護師さんや医師が来てくれるなら、それは病室と変わりがないと思います。病院でできることが家でもできるのであれば、病院に居ることの意味は無いのではないでしょうか?どなたかがおっしゃっていましたが、家が病室、道路が廊下、詰所が病院と考えれば、家にいるのは病院にいるのとそう変わりはないとも言えます。

 

大学病院で回診をしていると、手術や特別の処置を行うのでない限り、病院に居る必要はない、ことさら長期に入院する必要はないと思える患者さんがよくおられます。抗生物質で経過を見る、熱が出ないか経過を見る、元気になるまで様子を見る、症状が治まるまで経過をみる、白血球が上がってくるまで経過を見る、、、。この「経過をみる」というのが曲者なのです。家でゆっくりしていれば良いのになあとつくづく思います。隣でいびきをかくおじさんが居たり、となりで大きなオナラをするおっさんが居たり、テレビを見るにも音量を小さくして気兼ねをしたり、逆に聞きたくもない番組を聞く羽目になったり、、、。入院はつくづく大変だと思うのですが。

 

 

「家に居たい」を支えるために

もちろん家に居ることで不自由なことはあります。不安もあると思います。介護の手が足りない、病気が悪くなったらどうしようか、呼んでもすぐ来てくれないのではないか等、いろいろな心配が出てくるでしょう。医療が患者さんと家族を幸せにすることが目的であるならば、家に帰れる環境を整えることも医療の果たす役割ではないかと思います。

 

HADが最善とは言えないかもしれませんが、これでフランスの多くの人が満足を得られているならば、一考の価値があります。同じ医療費を使うのであってもQOLの高い医療により多く使うという考えに立てば、病院医療から在宅医療への転換を考える時期かもしれません。それによって医療費が削減できれば一石二鳥でしょう。さらに言えば、介護を充実させることが医療よりも重要である時代が来ているとも言えます。介護力がないので家に帰れないという患者さんが多ければ、介護力を補填すべきでしょう。患者さん家族の幸せのためには、医療費に使うのではなく介護にお金を使うべき時代が到来しているのです。

 

ひょっとしたら、何年か先には病院は手術をする場所であって、それ以外の医師は病院から患者さんの家へ看護師さんと共に訪問するという時代が来るかもしれません。

 

文献

イギリス型に近づくフランス医療
日本医師会民間病院フランス医療福祉調査団 報告書Ⅲ

岡山大学大学院ヘルスシステム統合科学研究科教授松岡 順治
岡山大学大学院医学研究科卒業 米国留学を経て消化器外科、乳腺内分泌外科を専攻。2009年岡山大学大学院医歯薬学総合研究科、緩和医療学講座教授、第17回日本緩和医療学会学術大会長。現在岡山大学病院緩和支持医療科診療科長、岡山大学大学院保健学研究科教授 緩和医療、高齢者医療、介護、がん治療の分野で研究、臨床、教育を行っている。緩和医療を岡山県に広める野の花プロジェクトを主宰している。
岡山大学大学院医学研究科卒業 米国留学を経て消化器外科、乳腺内分泌外科を専攻。2009年岡山大学大学院医歯薬学総合研究科、緩和医療学講座教授、第17回日本緩和医療学会学術大会長。現在岡山大学病院緩和支持医療科診療科長、岡山大学大学院保健学研究科教授 緩和医療、高齢者医療、介護、がん治療の分野で研究、臨床、教育を行っている。緩和医療を岡山県に広める野の花プロジェクトを主宰している。
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