介護の情報が がん治療を決める?

がんによる死亡者は増え続けているが、その多くは高齢者である。歳を重ねるにつれ、体の機能も衰える。がん治療がこの衰えた体の大きな負担となり、治療結果も良くないのではないか。こんな問題を考えさせる最近の二つのニュースを紹介する。

75歳以上では、抗がん剤投与の延命効果が乏しい

2017年4月27日、厚生労働省および国立がん研究センターより、2007~8年、同センター中央病院で受診した約7,000人のがん患者を対象にした予備調査の結果が報告された。この調査は、抗がん剤治療を受ける患者と、痛みを緩和する目的での緩和治療中心の患者に分け、それぞれどれぐらい存命したか、年齢別に検討したものである。


その結果、最も進行した臨床病期Ⅳ期の肺がん患者の場合、75歳未満では抗がん剤治療による明らかな延命効果が認められたが、75歳以上では抗がん剤治療の効果は認められなかったという報告である。今回の調査は症例数が少なく、施設もがんセンター中央病院に限られており、科学的な根拠を得るためには大規模な調査が必要と結論している。

85歳以上・進行期の高齢者がん…「肺」58%、「胃」56%で積極治療せず

そして同年8月9日、再び国立がん研究センターよりさらに注目すべき報告がなされた。2015年に全国のがん診療連携拠点病院など427施設でがんと診断された患者約70万人の集計から、75歳以上の高齢者の病期別の治療法を明らかにしたのである。
それによると、病期が最も進んだⅣ期の非小細胞肺がんと診断された85歳以上の患者では、「治療なし」が58.0%に達したというのである。同じ病期の胃がんは56.0%。大腸がんは36.1%と高く、がんが進行した85歳以上の高齢者に対して、積極的な治療をせず経過観察などにとどめる割合が、がん種により最大で6割を超えるのである。

高齢者のがん治療の選択は難しい

前の報告は、後期高齢者では、がんの化学療法は苦労して受けるものではないと短絡しそうであるが、高齢者に対する化学療法のネガティブな影響を懸念させるものである。後の報告からは、治療をしないという選択の場合、その医学的理由、意思決定のプロセスに不安を抱く。

 

高齢期においては、加齢に伴う生活機能の低下に加え、諸々の疾患の合併もあって、ご本人もご家族もはじめから検査や治療を控える傾向がある。その一方で、可能な限り治療を受けたいと思う高齢者も多い。 高齢というだけで、有効ながん治療の機会を逃すことがあってはならない。とはいえ、治療後の合併症やQOLの低下も考えなければならない。そのリスクと対処能力は一人ひとり違うのである。そのような複雑さの中で話し合いを進め、意思決定に至らなければならない。認知機能が低下していて本人が決定できない場合、ご家族による決定が必要になる。

では、どうすればよいのか。その一助になるのが高齢者総合評価(CGA)

米国のNCCN(National Comprehensive Cancer Network)の腫瘍学実践ガイドラインでは、このような時、高齢者総合評価(CGA)を実施することを推奨している。

 

これはがんの病期、悪性度など、がんそのものの評価以外に、平均余命、並存症、身体的機能や精神的・社会的機能など、いろいろな項目を評価して治療に役立てようという考え方である。これによって、社会的支援、栄養、認知機能低下、併存症、老年症候群など、治療の妨げとなる問題にも気付くことができ、あらかじめ必要な対処をとることが可能となる。また、治療に伴う有害事象、術後合併症、死亡などのリスクの大きさを推測し、がん治療に耐えられるかどうかを考え、治療選択、意思決定支援の一助となろうとするものである。国際老年腫瘍学会もこのCGAの実施を推奨している。

高齢者総合評価の結果とがん治療の選択

がん治療選択におけるCGAの用い方はこうである。

 

完全に自立しており、重度の併存症がなければ、標準的ながん治療の対象となる。しかし、重度併存症の有無にかかわらず、手段的日常生活動作(IADL)に一部依存が見られれば、治療に伴うリスクが増大する。CGAで軽度の問題を有する場合、すなわち1つ以上のIADL依存、軽度の併存症、うつ、軽度の認知症、不十分な介護者などの場合は、あらかじめ問題点の改善に努め、抗がん剤投与量の慎重な設定など、特別に注意を払う。より重度な機能障害である日常活動作(ADL)の依存、進行した認知症、うつ、せん妄などの老人症候群、重度の並存症などの問題があれば、正規の用量は禁忌で、支持療法のもとに低用量で用いるか、緩和支持療法を奨めることになる。

 

なお、ADL(日常生活動作)とは日常生活を送るために必要な動作のことで、食事、排泄、入浴、整容、衣服の着脱、移動、起居などの動作を指す。IADL (手段的日常生活動作)とは、買い物、洗濯、掃除等の家事全般、金銭管理、服薬管理、交通機関の利用、電話の応対などである。

手間のかかる高齢者総合評価の前にスクリーニングテストを

お気付きのようにCGAは複雑であり、多くの時間を要するため、CGAを行うか否かを判断するスクリーニング検査が開発されてきた。

 

そのひとつ、Salba らによるVES-13(高齢者脆弱性調査)はわずか13のシンプルな項目からなる質問表で、EORTC(欧州がん研究・治療機構)の公式スクリーニング検査となっている。

このスクリーニング検査によく似た調査票が、日本では2005年より用いられている。介護予防のための特定高齢者チェックリストである。この調査票は25項目、生活機能、運動機能、栄養、口腔機能、閉じこもり、認知機能、うつなどを評価している。平成24年の調査によると、高齢者の32%がこのチェックリストに回答している。したがって、がんの診断確定後に病院で治療方針を相談する際、この特定高齢者チェックリストを持参したらよいのではないかと考えられる。

介護の情報を参考にしてがん治療を選ぶのである。

鳥取市立病院 名誉院長田中 紀章
昭和43年大学卒業後、平成8年から大学にて、がん医療、肝移植、再生医療、緩和医療分野で活動。その後、鳥取での勤務において高齢者医療・地域医療の問題に直面し、病院の組織改革に取り組んだ。現在は、鳥取と岡山の二つの介護施設で臨床に従事する。
昭和43年大学卒業後、平成8年から大学にて、がん医療、肝移植、再生医療、緩和医療分野で活動。その後、鳥取での勤務において高齢者医療・地域医療の問題に直面し、病院の組織改革に取り組んだ。現在は、鳥取と岡山の二つの介護施設で臨床に従事する。
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