

「ナラティブ」とは語り、すなわち物語である。人類は農耕を始める遥か以前から、洞窟画によって出来事を共有してきた。約四万年前に描かれた壁画は、単なる記録ではない。「誰が、何をしたのか」という物語の原型であり、人類最古のメディアだった。
人が物語を必要とする理由は、脳の仕組みにある。私たちが体験した出来事は、感情と結びついた「エピソード記憶」として長期保存される。ナラティブは、時間の流れ、登場人物、因果関係を含むため、このエピソード記憶と似た形式で脳に刻まれる。だから、事実の羅列よりも、物語の方が理解されやすく、忘れにくく、他者へと伝わりやすい。
この特性によって、人類は巨大な社会を築いてきた。貨幣に価値があるという観念も、国家が実在するという感覚も、いずれも共有されたナラティブである。ユヴァル・ノア・ハラリが指摘したように、虚構を共有する能力こそが、人類を他の生物から決定的に分けた。
アブラハムの宗教(ユダヤ教・キリスト教・イスラム教)もまた、ナラティブによって拡散された。唯一神が人類を試し、選び、救済するという物語は、文字を持たない人々にも理解でき、強い情動を伴った。信仰とは、教義以前に、物語の共有だったのである。
ナラティブは、時に人を救う。臨床心理や看護の現場で用いられるナラティブ・アプローチでは、当事者が無意識に抱いている自己物語を言語化し、別の解釈可能性を示す。自分を「無力な人間」と語る物語を、「困難を生き延びてきた人間」という別のナラティブに書き換えることで、行動が変わり始めるのだ。
募金活動も同様だ。飢餓人口という統計よりも、一人の子どもの顔と名前を示した方が、寄付額は大きくなる。「人は理では動かず、情で動く」と言われるが、その通りだと思う。感情を司る大脳辺縁系に、ナラティブは直接働きかける。だからファクトの羅列よりも、物語の方が利他心を刺激するのだ。
しかし、この力は容易に暴力と結びつく。キリスト教の十字軍遠征も、イスラム世界におけるジハードも、神に裏付けられた物語によって異教徒殺害を正当化した。敵は単なる他者ではなく、「神に背く存在」として描かれ、人間性を剥奪された。
この構造は近代にも受け継がれている。米国の西部開拓では「文明が未開を切り拓く」というナラティブのもとで先住民が排除され、現代の自爆テロも「聖なる犠牲」という物語の中で実行される。形を変えても、論理は同じだ。
第二次世界大戦では、日本は敵国を「鬼畜米英」と呼び、米英は日本人を「黄色い猿」と言った。これは単なる罵倒ではない。相手を人間ではない存在として描くナラティブが共有されたとき、殺害は心理的抵抗を失う。ナラティブは時に「人間」を無化する。
湾岸戦争前夜の「ナイラ証言」は、その現代的な例である。少女の涙ながらの証言は米国世論を開戦へと導いたが、後にPR会社による捏造だったことが明らかになった。感情的に完成された物語は、事実確認を不要にしてしまう。
ここで重要なのは、実際に存在するのはナラティブではなく、ファクトだという点である。死者、破壊された街、奪われた生活。それらは物語ではなく事実である。しかし人は、その事実を直接受け取ることができず、常に物語を介して理解してしまう。
情報戦が常態化した現代において、私たちは問い続けなければならない。
この物語は、誰の視点から語られているのか。
何が語られ、何が切り捨てられているのか。
その物語の外側にいる人間は、どのように扱われているのか。
ナラティブに惑わされている限り、戦争は何度でも正当化される。何よりも先に、物語を疑うこと。「それは本当に、そんなにドラマティックだったか?」と、冷静に問うこと(*1)。それが、これからの時代における最低限の防衛である(*2)。
人類は貨幣や国家の虚構を共有してきた。同じ力を「憎悪と排除」ではなく、「協調と共存」へ向けることもできるはずだ。現実には、ナラティブの軍事利用はいまだ後を絶たない。それでも、ナラティブの平和利用が始まる日が、一日でも早く訪れることを願っている。
(*1) 佐藤友美『書く仕事がしたい』EPILOGUE
(*2)ジョナサン・ゴッドシャル著、月谷真紀訳『ストーリーが世界を滅ぼす――物語があなたの脳を操作する』に感銘







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