

現代社会は「能力主義」で成り立っている。これを疑う人はほとんどいない。能力には努力、才能、教育機会も含まれる。戦後の日本を支えた年功序列はすでに力を失い、企業は能力給へ移行しようと努めている(ように見える)。給与や地位を能力で決めることは、いまや当然のように受け入れられている。
20世紀前半、労働運動は最盛期を迎えた。その目的は賃金や労働環境の平等であった。労働者は経営者や資本家に対し、権利を主張してきた。平等の理念は、宗教的にも「神の前ではすべての人が平等」という考えに支えられていた。そして、平等を実現する方法として「機会均等」が導入された。誰にでも機会が与えられ、あとは能力次第で社会的地位を得られるという発想である。この考え方は、身分制社会の否定としては説得力があった。しかし、実際に「機会均等」に基づく能力社会が導入されると、かえって平等を壊す働きがあることが見過ごされてきた。なぜなら、誰でも努力すると能力が高くなるとは限らず、生まれつきの才能や、家庭環境によって能力向上は制限されるからだ。
一方で、すべての人の平等を目指した社会主義運動も、一時は勢いを持ったが、長期的には失敗した。能力に応じて報酬に差をつけようとする社会の動きを抑え、形式的な平等を守るには、強力な統制権力が必要となるからだ。結果として、統制を行う集団が上層に固定化され、全体主義に結びついた。ソ連などの共産圏がその例である。
歴史を振り返ると、社会は世襲的な階層社会(身分制度に基づく社会)から年功序列へ、さらに能力主義へと移ってきた。明治以降の日本もその流れをたどっている。辿り着いた能力主義は一見すると公正に見えるが、それは「能力の高い人」にとっての公正でしかない。
かつての社会では、組織内でも給与の差が大きくなかった。しかし能力社会では差が拡大し、しかも人々は、その不平等を当然と受け入れるようになった。だが、能力のある人に高い地位を与えることと、多額の給与を与えることは別問題である。遺伝的要因や職業の選択機会などを考えれば、給与格差が過度に広がる理由は乏しい。生まれつきの記憶能力、家庭環境による学歴差などは、本人の努力というより環境要因も大きく作用する。このような点を考えると、給与格差は多少あるにせよ抑え気味にし、地位の差に限定するべきである。そのうえで最低賃金を引き上げ、エッセンシャルワーカーの待遇改善に力を入れるべきだ。課税面では、累進課税の強化が有効である。
問題は「給与の差の付け方」にある。管理職が一般職より高い報酬を受けることは妥当であり、日本の管理職の給与が他国より低いことも事実だ。従って、一般管理職の給与を引き上げることは問題ない。しかし、取締役など上級管理職の給与が突出し、現場労働者の分配率が低下している現状は問題である。取締役や資本家が企業の付加価値の大半を得るのは不当である。そして、株主にも多額の配当を行うことも問題だ。生産から生じる価値は、関係者全体で公正に分け合うべきだ。これは経済的公平のためだけでなく、社会的連帯を強め、持続可能な発展の基盤を築くことにもつながる。
日本は、一見平等な社会とみなされているが、最近20年間にわたり物価上昇に対して賃金は上がっていない。河野(*1)によると、日本の生産性はアメリカには及ばないが、欧州諸国と同様に上がっている。しかし、賃金はこの20年間、欧州諸国に比べほとんど上がっていない。つまり、付加価値(利益)に対しての労働分配率がほとんど上がっていないのだ。これを見ると、メリトクラシー(能力社会)の落とし穴が、よく分かるのだ。
(*1)河野龍太郎 日本経済の死角より







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