陰謀論者だった私が、リアリズム信者を疑うようになるまで ―正しさの罠に落ちた私の思考の軌跡―

近年、SNSでは「政府」や「グローバリスト」という敵を設定し、国民の生活苦の原因を外部に求める言説が目立っている。いわゆる陰謀論である。それらの多くは根拠が乏しく信憑性も低いが人々の不満を代弁することで一定の支持を集めている。私もかつては陰謀論を信じ込んでいた。

私が陰謀論に触れるきっかけとなったのは、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)を巡る議論がきっかけだった。当時の私は、デフレから抜け出せない事と、どうして政府は海外に使うお金を国内に向けないのかという不満があった。ある時、「TPPはグローバル企業が日本を支配する仕組みだ」という主張に触れた。ろくに調べもせずに、「これが真実だ」と信じ込み、怒りと共に真実を知った優越感に酔いしれた事を覚えている。

そこからは、自分の主張を補強してくれる情報ばかりを集めるようになった。MMTや国際金融資本に関する本を買って読み、そうした理論を語る言論人のセミナーにも足を運んだ。私は「自分こそが目覚めた国民だ」「日本が本当の独立国になるために戦う」と本気で思っていた。当然だが、周囲に話しても相手にされなかった。しかし「周囲の人は思考が停止しているから理解できない。私が特別なのだ」と自分を正当化し、ますます思考を硬直させていった。

転機は、あるセミナーの懇親会で起きた。参加者の一人が、「どうして日本はここまで経済が衰退したのか?」という質問をゲストに来ていた大学教授にしていた。その答えが、「日本の政治家が馬鹿だからです」という驚くべき答えを聞いた。周囲の参加者は納得していたが、私は「それはあまりに粗雑すぎる」「大学教授ならもっと根拠のある答えが返ってくるべきでは?」と強い違和感を持った。私はこの違和感が拭えず、やがて「今まで信じていた事が間違っていたのでは?」と不安に襲われた。


「もう一度正しいかどうか検証してみよう」そう決めてから自己検証していく事にした。その中で出会ったのが、国際政治学のネオリアリズムを紹介する動画だった。ケネス・ウォルツやジョン・ミアシャイマーといった学者の理論を丁寧に紹介する内容で、「これは本物だ」と感じた私は、動画だけでなく彼らの著書を手に取って、理論の奥行きに触れていった。ネオリアリズムは、国際社会を国家同士の力の均衡として捉える冷徹な理論だが、そこには陰謀論にはない整合性と現実味があった。私は陰謀論を卒業し、「日本が生き残るにはこの理論が必要だ」と確信した。今度こそ真理に辿り着いたのだと思い、SNSで積極的に発信し、陰謀論者を厳しく批判するようにもなった。

だが、ある日、別のネオリアリズム系の言論人の動画を見て、私は再び立ち止まることになった。その人物は陰謀論を信じる人々をあざ笑い、断定的な物言いで自説を押し付けていた。違和感を覚えた私は、自分自身もまたかつて同じように陰謀論を信じたことを思い出すと同時に、「自分もまた、正しさを盾にして他者を見下していなかったか」と省みるようになった。考えを深めるうちに、私はある仮説に辿り着いた。「陰謀論を信じる人」と「リアリズムの正しさを押し付ける人」は、方法の上では同じ構造なのではないか、と。どちらも自分の信じる“真実”を絶対視し、異なる立場の相手を対話の対象ではなく、矯正すべき存在として見なしている。その態度こそが、社会を分断させ、思考を停止させているのではないか。

今の私は、ネオリアリズムという理論を依然として重視している。しかしそれは、相手を叩くための道具ではない。むしろ、複雑な国際情勢を理解し、日本が現実的に生き残る道を模索するための手段として位置づけている。何かを信じることは悪くない。ただ、それを他人に押し付け、異なる考えを排除した瞬間に、「正しさ」は暴力へと変わる。

正しさは人を救うが、同時に人を孤立させる。批判することを目的にしたときに人は思考停止になる。私たちがすべきなのは「間違っている人を叩く」事ではなく「何故その考えに惹き付けられたのか?」を共に考える事ではないだろうか。私の思考の軌跡が、同じように悩み、迷う誰かのヒントになれば、これ程嬉しい事はない。

会社員宮田 宗知
1983年10月5日生まれ、京都府出身。京都かんきょう株式会社にて営業職に従事。仕事の傍ら、国際政治や情報空間の分断について独自に思索を重ねている。陰謀論や政治のエンタメ化に違和感を抱いた経験から、リアリズムを基盤とし、現代日本の課題と冷静に向き合う姿勢を大切にしている。
1983年10月5日生まれ、京都府出身。京都かんきょう株式会社にて営業職に従事。仕事の傍ら、国際政治や情報空間の分断について独自に思索を重ねている。陰謀論や政治のエンタメ化に違和感を抱いた経験から、リアリズムを基盤とし、現代日本の課題と冷静に向き合う姿勢を大切にしている。
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