ポピュリズム政権とマイナンバーカード

ポピュリズム政権では、マイナンバーカードの導入・普及は難しいのではないか?つまり、格差社会を正すために、資源の再分配を合理的に行うことは無理ではないのか?と感じる。

日本でこの30年間に、意思を持った政治主導で政治、社会が変わったことはあまりない。変わる場合は、外圧によってのみである。少子化対策、女性活躍社会、原子力政策あるいは低炭素社会、財政再建など、世界の潮流に乗らなければならないとの思い、あるいは、諸外国からの直接的圧力や影響によって変わっただけだ。なぜ、日本の政治は社会を変えるだけの力を持てないのか?その理由は、政治が「その時点」の国民の好みや嗜好を汲み取ることに終始しているからだろう。これをポピュリズムと言う。ポピュリズムとは、大衆主義、平民主義などのほか、否定的な意味を込めて衆愚政治や大衆迎合主義などとも言われる。

民主主義であれば、国民の好みを尊重することは当然のことと思うかもしれない。しかし、国民の意向に従うことが良い政策になるかどうかはわからない。日本が1941年に対米戦争に突入したときに、国民の大半は「戦争賛成」だった。その点で民意は「開戦」だったとも言える。あるいは1989年当時、バブルに浮かれていたのも国民だ。民衆は遠い先のことを考えて生活しているのでなく、目の前の暮らしを第一に考えている。自分にとって良いことと、社会全体にとって良いことを区別しているのでなく、自分にとって良いことをめがけて行動する。とりあえず身近なことを良くしてほしいと思い、政治に要求を行う。この要求は当然であり、政治家が要求に答えることも自然なことだと思われる。結果的に政権はポピュリズム化する。しかし、この傾向は独裁者の横暴に比べるとマシであるが、時として近視眼的になることも多い。民衆の要望に沿った政策が、10年後20年後によりよい社会になることを見通せる場合は少ないのだ。例えば、人々の大半は「増税」に対しては常に反対であり「社会保障給付」に対しては常に賛成だ。その結果、ポピュリズム政権では、財政赤字が拡大する。

政府は大衆の好みに沿うようにしないと、政権を失うかもしれないとの恐怖感がある。そうすると政府が行う政策は、その目的が、「政権維持」のためになってしまう。本来政権担当者は国民の生活に貢献するべく、何らかの理念を実現するために権力闘争を行い、政権を獲得したのであり、獲得した後は、理念を実行するはずではなかったのか?

代議制は、このようなポピュリズムの本質を和らげるためにあるが欠点もある。すべての問題を国民の直接投票にすると、非効率であるし、問題が大きい。前述のように、国民は目前のことを重視するので、長期的な展望をもとに要望を示すことは少ない。代議制は、国民から委任されているが、国民そのものではないので、代議士はある程度長期的な立場に立つことも出来る(と考えられる)。しかし、国民の直接の要求にも配慮せざるを得ないという微妙なバランスにある。このようなバランスを上手にマネジメントすれば、代議制は機能する。しかし、その反対に、代議制は民衆一人ひとりの声が、政府に届いていないように感じることも事実である。その是正を目論んだ小選挙区制はポピュリズムを助長している。

目下の日本での問題は、資本主義的社会に伴う欲求の実現とその結果生じる所得の不均等をどのように是正するか、そして世界一の高齢化をどのように解決するかなのである。そのための方策として、他の欧米諸国で行われている社会保障番号制度に近いマイナンバー制度を採用した。マイナンバーの目的は、国民の資産あるいは所得状態を明らかにして、政府(公平性と中立性を前提とする)が、市場で起こる偏りを是正し、再分配政策を合理的、効率的に行うためのものである。もし、国民が自分の懐具合を政府に知られるのが嫌であっても、市場の偏りを是正するために必要であれば、政府に対して情報を提供せざるを得ない。それによって、富裕層から貧困層への資産の再分配や給与に対する税のかけ方が決まってくるのだ。

マイナンバーに関する議論は、その目的が曖昧になっている。マイナンバー制度は、共通の社会基盤として番号を活用することにより、1.公平・公正な社会の実現、2.国民の利便性の向上、3.行政の効率化――を目的としていると書かれている。しかし、その中で圧倒的に重要なものは、1.公平・公正な社会の実現であり、その他の項目である2.国民の利便性の向上、3.行政の効率化ではない。公平、公正な社会とは、資本主義での大きな格差を是正し、貧困を拡大させないことだ。その為には、個人の給与と資産の把握が不可欠となる。収入と金融取引、不動産取引の把握による、個人の所得の把握と資産の把握とが必要だ。そうすると、高所得者から低所得者への資金再配分が可能となる。しかし、個人情報を政府に与えないようにすることが、とりあえずの国民の要望であるとすれば、いつまで待ってもマイナンバー制度は機能しない。政府は国民が好むような人参をぶら下げ、そのうち国民が無関心になった時期を狙って、マイナンバー制度を成立させようとしているのであれば、なんとも低次元の話である。

つまり、直接の国民の要望と、将来的に国民の暮らしを良くすることの説明と、議論が欠けている。ポピュリズム政権は、議論を避け、国民に不人気な政策を行わないようにする。マイナンバー制度はその典型だ。この様なときこそマスメディアが真価を発揮するときである。政権が大衆におもねる政策を行い、議論を避けようとする態度を示すことはある程度は仕方ない。それを修正するのがマスメディアなのである。

公益財団法人橋本財団 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
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