ALSと嘱託殺人

2020年7月24日、朝日新聞の一面に「ALS患者の依頼で殺害か 嘱託殺人容疑医師2人逮捕」という記事が掲載されました。実際の事件は、昨年の11月30日に起こっていたようで、それだけ慎重に捜査がなされたうえでの逮捕だったのだろうと想像します。

ALSとはAmyotrophic lateral sclerosis(筋萎縮性側索硬化症)の略称で、重篤な筋肉の萎縮と筋力の低下をきたす神経変性疾患の一つです。世界で初めての報告は1869年にフランスの脳神経内科医のJM Charcot らが、また日本では1891年に中村兆二郎らが報告しており、古くから知られている病気ではありますが、進行を抑える薬はあるものの、いまだに根本的な治療法は見出されていないという難病です。

この病気では、筋肉が徐々に萎縮していくために動くことは元より嚥下(ものを飲み込むこと)や呼吸ができなくなっていきます。しかし、脳や内臓には異常がないため、意識は正常なままであり、食物が胃に入れば、ちゃんと消化吸収ができ生命維持が可能です。このため、医学の進歩に伴い胃瘻(いろう)を付け、人工呼吸器を使えば(在宅でも使えるコンパクトなものができています)、生存自体は可能になりました。また、筋肉のうちで眼輪筋が最後まで動くため、ものが言えなくなっても、車椅子やベッドの上から眼の動きでパソコンを利用したり筆談の要領で意思疎通を保つことができます。

このように書くと、確かに意思疎通ができ「生存」していると言えるのかもしれませんが(実際、当院でも何人か方のお世話をして経験しています)、ご本人は元よりご家族にとっては、いろいろな意味でかなり辛いというか残酷な病気であることは間違いありません(ALSという病気に対して偏見や差別的な意識はないとお断りするとともに、今後も、患者さんやご家族の意志を尊重して適切な医療を提供してまいります)。

さて、ここまではALSと言う病気について紹介しましたが、これは何故あのニュースの患者さんがSNSを使い主治医を飛び越えて他の医師とやり取りをしてまで安楽死を望んだかということの理解の一助となればと思ったためで、ここで書きたいことはこの病気のことでも、ましてや2人の医師の罪状(一人は医師免許の不正取得の疑惑もあるようです)の問題についてでもありません。ただ、こうした病気に絡んで自殺幇助とか嘱託殺人といったニュースが世間を騒がせるたびに(その多くは、時間とともに紙面から消えてゆき、きちんとした結末が報道されないのも困りものですが)、私は冷や冷やすることになっており、今回もまたそうした想いを抱くことになったので、そのことについて書きたいと思ったのです。

前置きが長くなりましたが、今回のニュースに接して即座に頭に浮かんだこと(つまり、冷や冷やした想い)は、「緩和ケアの現場で支障が生じなければよいが」という想いでした。
患者さん、特に入院している患者さんや在宅でも長く床に就いておられる方々は、たとえその原因が、私たち医療者から見れば治療で良くなり、いずれは元の生活に戻れるであろうと思われるものであっても、将来への不安が付きまとうものです。ましてや、ALSなどのまだ確たる治療法がない病気やがんの末期状態では、そうした不安や苦悩("spiritual pain" (精神的痛み)と言います)は大きなものがあるはずです。そして、この痛みは本人にしかわからないという厄介なものでもあります。

こうした問題を取り扱うことも、大きな意味での医療の一部であると徐々に認識されはじめ、緩和ケアという概念ができました。そして、2018年3月、その具体的な指針として、厚生労働省が「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」を発表しました。このお陰で、医療の最前線で人生の最終段階を迎えようとする患者さんたちの医療やケア(緩和ケア)を行っている医療従事者たちがどれだけ救われたことか。それまで私たちは、ともすれば独善的あるいは偏った思い込みから誤った処置を行っているのではないかという疑心暗鬼や不安を抱えながら、それでも目の前の患者さんたちに向き合わなければなりませんでした。それが、共通認識を得られた一定の基準に沿って堂々と自信を持って緩和ケアを行うことができるようになったのです。そこでは、ご本人やご家族と医療関係者が事前にそれぞれの考えを述べあって、納得の上で純粋な医療行為の一つとしての痛みに対する処方や苦しみを取り除く処置を決めていくことができるようになっています。

こうした流れができてきた今になって、医療従事者からすれば、いわゆる医療行為でも緩和ケアでもない「殺人」という犯罪行為を、しかも医者が行ったことによる、社会的反発、誤解が生まれてしまわないかが心配です。さらには、そうした犯罪行為と、現場の医療者や患者さんたちが協力して営々と積み重ね築き上げてきた「緩和ケア」の処置が混同されたり、時には真摯に取り組む医療従事者と犯罪者とを同じ土俵で議論されるような事態が起こることになるのではないかと言う心配が湧いてくるのです。

人は必ず死にます。ただ私は、「いかに生きたか」という前提があってこその「死」であり、ただ苦しみから逃れるための直截な死(これを彼らは「安楽死」と呼ぶようですが)ではなく、苦しみや不安を取り除いたうえで、その人らしさを保ちつつ、可能な限り自然な形での人生の終焉としての「死」があるべきだと考えています。理想論かもしれませんが、「死に逝く人」、「遺される家族」、そして「その死に関わる医療従事者」の三者が納得できる終焉が望ましいと考えていますし、そのためにこそ「緩和ケア」があるのだと思っています。

時に、「苦しいから殺してくれ」、「もう死にたい」といった言葉を耳にしますが、実は、「苦しみが取れれば生きたい」、「今の苦境から脱したいだけで、死なずに済めばその方がいいに決まっている」というのが本音です。まさか、その言い草を真に受けて「安楽死」させようとする(真の)医療者はいないでしょう。きっと、今回亡くなった彼女にも、そうしたちょっとした心遣いで死に急がなくてもよかった何かがあったのではないかと思えてなりませんが、それを伝えられなかったことが残念と言うしかありません。

それにしても、半年以上たったとはいえ、突然に「安楽死」で彼女を失った主治医(7月28日の毎日新聞によると、彼女から「安楽死」を頼まれ断っていたそうで、事件のことも彼女の死まで知らなかったそうです)の驚きと落胆はいかばかりであったかと、今更ながらに思わずにはいられません。また、併せて、SNSなどで「裏社会」と嘯く輩の多い事にも驚かされますが、こうした正当な医療行為に水を差すようなことだけは二度とあって欲しくないと願っています。

彼女のご冥福を祈るとともに、現在療養中のALS患者さんたちにも、正しい「緩和ケア」が提供されることを願っています。さらには、余罪を含めての事件の真相解明がなされ、今後の再発を防ぐ手立てや意識が育まれることこそが、今回の彼女の死を意味あるものにするのではないかと思っています。

医療法人 寺田病院 院長板野 聡
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
専門は、消化器外科、消化器内視鏡。地域に根差した医療を目指しています。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職。
著書に、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)、「看取り請負人 死なせ屋ゴンがゆく」(ルネッサンス・アイ社)。
資格は、日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、日本消化器内視鏡学会指導医、がん治療認定医、三重県警察医、ほか。
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
専門は、消化器外科、消化器内視鏡。地域に根差した医療を目指しています。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職。
著書に、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)、「看取り請負人 死なせ屋ゴンがゆく」(ルネッサンス・アイ社)。
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