日本のデジタル化に伴う問題点

今回のコロナ禍で分かったのは、技術立国、ものづくり大国と言われていた日本の能力が思ったほど高くないことだ。決して政治家が間違ったために、成果をあげられないわけではない。IMD世界競争力ランキング2019(スイス)では、日本の競争力は対象国中30位で、1位シンガポール、2位香港はもとより、中国、台湾、韓国、タイなどにも遅れをとっている。では、現在の日本に今回のコロナ禍で明らかになった、低下している競争力を回復させるためのデジタル化を促進する能力があるのだろうか? 

情報通信はいまや最も大きな産業となっている。事実、GAFAを始めとする巨大企業の多くは情報通信産業だ。どのようなものをどのようにして作るのか(いわゆるモノづくり)よりも、情報の価値がより高いと思われる。情報の価値を左右する(正確さや速さ)のが、社会のデジタル化なのである。しかし、人間の生活において、すべてにデジタル化が必要であるわけではない。電子書籍よりも昔からの紙媒体の本を好むことは一向に差し支えないし、テレビ電話より直接話したいと思うことは人間の基本的性格だ。従来のアナログから、デジタル化が必要なものは、事務上の手続き、各種の申請、契約書類、情報の共有など正確さと速さの両面を求められるものである。今回分かったのは、日本がこの社会的デジタル化の能力で遅れをとっていることだ。

デジタル化を含め、能力は企画書通り実行すれば高まるわけではない。能力を高めるためには、何回も実行して失敗し、試行錯誤の末に初めてプロセスの解決が図られ能力が向上する。能力を高めるためには、企画したことを速やかに実行して失敗し、さらに修正を行い実行する必要があるのだ。従って、何らかのものについて能力が高くなる為には、それ以前に何回も試行し、経験を深める必要がある。これは、最近よく言われる、「オールジャパンでやる」「ワンチーム」などとは対極にある。「みんなで」行うのでなく、バラバラに実行し、その中で良いものが選抜される進化的過程を踏むことが必要だ。

日本でのデジタル化を高めるためには、何と言っても政府がデジタル化に対して先頭を切って行わなければならない。政府も進化的過程で競争に参加している数あるプレーヤーの一員と考えるべきであり、かつ政府はプレーヤーのうちのリーダーであるべきだからである。民間に「お前が先にやれ」と期待するべきではない。

政府(中央政府と地方政府)のデジタル化は、政府内のやり取りと、政府と国民との関係がある。政府内のやり取りについては、相手の意向を考えずデジタル化が出来るので、あまり問題とはならないはずだ。ほとんど出来ていない原因は、熱意よりも資金不足だろう。しかし問題は、政府と国民との間での情報交換ついてのデジタル化である。その範囲は、税金、許認可・免許、社会保障、各種統計、補助金など多岐にわたる。


例えば、運転免許証のネットでの申請や交付はなぜ出来ないのだろう。違反や事故がない場合には、研修の必要もないだろうから(必要であればユーチューブなどの媒体を通して行い)速やかに交付すべきだろう。納税のデジタル化は、納税手続き電子化は一部でなされているものの、多くのサラリーマンが、自分の納税額を知らない。会社から自動的に天引きされている状態から、せめて自分の納税額をネットで調べることが出来るようになってほしい。

社会保障は最もデジタル化が遅れている分野である。マイナンバーカードの普及率は低いが、それ以上に銀行預金や各種資産との連動性がないので(いまだに世論調査で反対が多い)、国民に給付を行う際に、誰が困っていて、誰が困っていないか(収入が減少しているかどうか)の調査ができない。今回のように国民すべてに給付を行えば、不公平はないと言えるが、それは時代錯誤も甚だしい(特に金のない日本では)。医療情報も全国的なデジタル化が出来ていないので、その都度「調査」を行っている。結果は1年以上過去のものとなっている。

さらに、今回最も問題となった国民に対する所得保障、あるいは、企業に対する流動性の提供については、国は基礎データがまったく使えないことが判明した。今の社会保障は、普遍的社会保障ではなく、選択的な社会保障になっている点を注意しなければならない。つまり、困っている人を選択し、それらの人に集中的に補償をしないと、膨大な費用を使って、効果がごく僅かだけになってしまう。

現代人は、ジョージ・オーウェル(※1)やオルダス・ハックスリー(※2)の亡霊に未だに脅かされている。先進国での特徴は、国家の弱体化と社会慣習の強さが際立っている。また、失敗を恐れる風習も積極的なデジタル化を阻む原因となる。加えて、個人情報の漏出に対する恐れも強い。個人情報についてのガイドラインは、まず試行しなければどの程度が適切なラインかどうか分からないが、失敗を非難する社会では、試行し、改善することが出来にくい。日本はまさにこの様な状態にある。いい加減に、謝罪会見などのショーは切り上げるべきであり、失敗しても再度挑戦するチャンスが必要だ。今デジタル化を加速しなければ、災害が起り、感染や、不況が到来した時に、適切な社会保障を提供出来ず、今回のように必要でない人に対しても給付がなされるような、不公平な社会になるだろう。

許認可や、補助金の申請、あるいは、医療や介護についても、一層のデジタル化をしなければならない。問題は、何をするかでなく、何が出来るのか(能力があるか)なのである。                         


(※1)ジョージ・オーウェル;全体主義国家によって分割統治された近未来世界の恐怖を描いている『1984年』の作者

(※2)オルダス・ハックスリー;『すばらしい新世界』で、胎児の頃から生化学的に管理され、洗脳的な教育によって欲求が満たされ管理されていることに疑問すら抱かない市民が生きる管理社会であるディストピアを描いた

公益財団法人橋本財団 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
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