老いの残酷-ある女性の呟(つぶや)き

先日の外来患者さんとのやりとりです。


長年に亘(わた)って、定期的に診察に見えるご夫婦が診察室に入って来られました。
このご夫婦は、これまで仲良く二人で診察に来られ、奥様はご主人の健康状態を心配されて、甲斐甲斐しくお世話をしている様に見えていました。

 

しかし、その日に限っては、相変わらずニコニコと笑顔で入って来られるご主人とは対照的に、奥様は伏し目がちで暗い表情でした。

 

実は、その診察の前に
「先生に読んで頂きたいのですが……」と看護師を経由して、奥様からの封書をお預かりしていたのです。

 

そこには、きちんとした奇麗な字が並んでおり、便箋3枚に亘(わた)って、その綺麗な字とは裏腹に辛い内容が綴られてました。それを要約すると、「診察の時には、明るい表情で大人しく見える夫が、家では怖い表情をするようになり、時折、暴言を吐いたり、こちらが怖くなるほどの行動をするようになった」という訴えでした。

 

このお手紙を読んだ上で、診察室にお入り頂いたわけですが、こちらとしては知らぬふりの顔でご主人の診察しなくてはなりません。その日も、ご主人はニコニコと愛想よくされて、「お陰様で変わりありません」とおっしゃっていました。

 

奥様からのお手紙に対して、ご返事をどうしたものかと考えた上で、ご主人には採血の検査をしましょうと話して、先に処置室へとお連れしました。
後に残った奥様には診察を兼ねて相談もするという段取りです。

 

残された奥様は、「切羽詰まって手紙を書いてしましました」と恐縮したご様子で話し始められ、さらに、「嫌な手紙をお渡しして申し訳ありません」と頭を下げられました。
「いやいや、事情がよく分かってよかったです」と答えながら、奥様にはいつものように診察台に寝て頂き、腹部の診察を行いながら、リラックスして頂くように少し多めに時間を取りました。

 

いつも通りに診察し、改めて椅子に座って頂くと、少し落ち着かれた様子で、下を向いたままではありましたが、「認知症って言うんでしょうか、最近の主人は人が変わったみたいで」と口を開かれました。「こんな主人と二人で老いていく事が怖くなっています」と続けられ、「これに耐えて、いつまで生きていくのかと思うと、老いの残酷さを感じています」と、手紙にも書かれていた心情を述べられたのでした。

 

当方としては、手紙を拝読したのは診察の直前の出来事でしたし、いつもと変わらぬご主人を診察した直後でもあり、奥様のお話と目の前で起こっている事態とのギャップに言葉が出来なくて困惑しました。

 

しばしの沈黙の後、奥様が「申し訳ありません。嫌なことをお伝えしてしまって」とおっしゃるので、
「いえ、そんなことはありませんよ」
「他の皆さんも、そんなことは表立って言わないだけで、沢山の方から相談があるのですよ」と答えました。
「ご年配の方が増えてきて、おうちで二人だけの生活が長くなってきていますからね」と続けたところで、「お子さんは近くにはいらっしゃらないのですか」と話題を変えました。ハッとした表情に変わった奥様が、その日、初めて顔を上げて、「少し離れた所に嫁いだ娘がいます」と話され、「時々、孫を連れて帰ってくるのですよ」と明るく話されました。これを受けて、「これからは、娘さんにも相談されて、帰ってきてもらう機会を少し増やされてはどうでしょうかね」と提案してみました。

 

少し気分が落ち着かれたのか、いつもの表情に戻られ、「お時間を取ってしまって申し訳ありませんでした」と立ち上がられたのでした。
そして、「娘にも相談してみます。二人だけで暮らしていると、考え過ぎるのでしょうね」と言われ、診察室を後にされました。

 

来院された時の表情が少し和らいで出て行かれたことにホッとしたのは確かですが、付いている看護師さんに「歳を取るとは、難しいことですね」と語りかけていました。

 

至る所で「少子高齢化」と言われて久しいのですが、目の前に「高齢化」という言葉を具体的な映像として突き付けられた思いであります。

 

そして何より、自分が診ている患者さんの背景に、そうした人には見せたくない現実が隠されており、それは誰にでも起こり得るある意味ネガティブな意味合いの「老い」であり、残酷な「老い」があるのだという事実を確認させられたのです。

 

一方で、人生の最終章に至って、人生の実りを手にし、この世を去って行く前の至福の時間としての「老い」もあるはずではないかと思いつつ、その違いを決定づけるものは何なのだろうかと、その刹那(せつな)、思わざるを得ませんでした。

 

 

私自身も既に老いを感じ始めている現実を前にして、残されたこれからの時間の中でどうしたら良いのか。まずは、こうした現実を知ることこそが、自分が望む「老い」を実現するための最初の一歩であるのは間違いなさそうです。

 

この問題は、これからの自分の大きな宿題の一つになりそうですが、これを一人一人が自分の課題として考えていく自覚こそが、「穏やかな老い」を得る方法の一つになるのではないかと考えています。何しろ、「老い」そのものを想像すらできないであろう若者も、長生きをすればするほど、必ずや「老い」を受け入れなければならなくなるのですから。

 

これまでここで論じてきた「死」に至るまで、長生きをすればするほど付き合わなければならないのが「老い」の必然でしょう。「老い」には必ずこうした二面性が伴うことに少しでも早く気付き備えておけば、実りある人生の終焉へ向かう手がかりになるのではないかと思い始めています。

 

ところで、最近になって、老後のお金の問題が国会でも話題になりましたが、個人的には国による「年金詐欺」と言っても良い位の話と考えています。こうしたお金の話は隠されてきたように思われますが、この話題も「いかに老いていくか」という問題に大きくかかわるであろうと考えています。

 

お国の方々には、もう少ししっかりと国民を支えて頂きたいと願っています。
ここで書いているだけでは駄目なのでしょうね・・・。

医療法人 寺田病院 院長板野 聡
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
専門は、消化器外科、消化器内視鏡。地域に根差した医療を目指しています。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職。
著書に、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)、「看取り請負人 死なせ屋ゴンがゆく」(ルネッサンス・アイ社)。
資格は、日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、日本消化器内視鏡学会指導医、がん治療認定医、三重県警察医、ほか。
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
専門は、消化器外科、消化器内視鏡。地域に根差した医療を目指しています。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職。
著書に、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)、「看取り請負人 死なせ屋ゴンがゆく」(ルネッサンス・アイ社)。
資格は、日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、日本消化器内視鏡学会指導医、がん治療認定医、三重県警察医、ほか。
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