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緊急特集:新型コロナウイルス感染症を考える-医療・福祉の専門家の視点から-Vol.1「新型コロナウイルス感染症について-医療従事者の立場から」

昨年12月に中国の武漢市で発生したとされる今回の新型コロナウイルス感染症は、その後の報道では中国政府による情報統制も感染制御にも失敗したようで、瞬く間に世界へと広がっていきました。まさに、人の口に戸は立てられないということであり、同時に現代社会がグローバル化され、すでに人や物の移動を制限することが困難になっていることが証明されたということでしょうか。

今回のウイルス感染症では、改めて、我が国を含めて世界の国々が感染症に対して、いかに弱いものであったかと、40数年の医者人生をもってしても初めて抱いた感想であり、最近のSARS(重症急性呼吸器症候群、Severe Acute Respiratory Syndrome)やMERS(中東呼吸器症候群、Middle East Respiratory Syndrome)の時の経験に(国レベルで)何も学んでいなかったことを反省するしかなさそうです。今回の経験を待つまでもなく、未知の感染症に人類が弱いことは、過去の長い人類の歴史を見れば明らかではありますが、人類は、そして現在を生きる我々は過去から何も学んではいなかったようです。それどころか、現在の医療が素晴らしいという幻想の中で胡坐をかいていたようで、今回のことは神の鉄槌とでもいった出来事なのかもしれません。

かのフレミング博士がペニシリンを偶然に発見したのは1928年のことですから、改めて確認するまでもなく、やっと100年が経とうとしているに過ぎないのですが、その発見以後、人類は感染症を征服したかのような錯覚を持ち、人類の敵は悪性腫瘍とばかりに「がん」に対する研究ばかりに力を入れてきているようです。そして、ほんの100年前までは感染症に対して無力であったという現実を、今まさに目の前に突き付けられ、思い出さされている気がしています。

さて、視点を、私たち医療人が直面している現場に移してみましょう。一言でいえば、経験したことのない量的な問題と、重症化したら救いようがないという質的な問題(確たる薬がまだなく、まさに赤ひげ先生の頃の医療はこうだったのだろうと身をもって知らされている気がしています)に苛まれているということになります。と同時に、自分や家族が感染する恐怖と闘いながら、それでもなお医療者として現場に立ち続けているのは、ただただ医療人としての矜持を持ちうるかとどうかを己自身に問いながらのことと思われます。そして、そのことは今まさに私自身の問題であると言わねばなりません。

私が住んでいる三重県では、感染陽性者は4月9日現在で15例と発表されていますが(注1)、幸いにして当院には、PCR検査を必要とするまでの患者さんは来られておらず、なんとか「無事」に過ぎていっています。なぜ「無事」にというかといいますと、ある医療機関で疑わしい患者さんが来院されたために保健所に連絡し、そのうえでしかるべき施設で検査をして陽性となると、保健所から紹介した医療機関へ消毒に来られ、「濃厚接触者」としての検査と2週間の待機が指導されることになるようです。ちなみに、現在言われている「密閉」、「密集」、「密接」の3密の典型は、多くの医療従事者が自嘲的に言うように診察室が当てはまるわけで、いったん陽性者が出ると、早い話、その医療機関は自主的な休診を強いられることになります。そして、その間の休業補償がなされるとは聞いていませんので、医師としての責務を果たした結果が辛い結末をもたらすことになります。

大きな病院ではニュースにもなりますが、それだけ被害というか影響が大きいわけで、その施設が閉められるとそこへ通う患者さんは近くの他の医療施設へ行かれることになります。そして、そこでも陽性者が出るとそこも指導によって休診になっていきます。そして、そこの患者さんがまた別の所にかかることになって・・・。これが、今まさに現場で起こっていることであり、医療従事者が疲弊するという報道だけでは見えてこない現実です。

当初「37.5度以上の発熱が4日間以上続き」、「感染者がいる地域から帰国した、もしくはそうした人と濃厚接触した方」は決められたところへ電話して指示に従ってくださいとありました。その連絡先の多くは地元の保健所ですが、そこへ電話すると「地元の医療機関にかかってください」と言われているのです(保健所の職員もまた疲弊していると想像されます)。これでは、何のための電話かわからず、国が言うところの「感染対策がとれている医療機関」への受診ではなく、何の準備も防御もできていない開業医レベルの医療施設へ受診させるという無為無策で酷な話になっています。

当然、こうしたことが繰り返されるうちに、先に書いたような「無事では済まない」医療施設が出てきて、地域における医療体制そのものが崩れていき、やがて医療崩壊が現実のものになってくるのです。ある医師が「ロシアンルーレット状態」と言っておられましたが、まさにそういった状況になってきているのです。

何が恐ろしいかと言って、保健所を代表とする厚労省や国の政治家もそのことには目をつぶっているようだということです。その上に、いつ終わるかわからないという疑問が、現場で頑張ろうとする医師を疲弊させ、状況を悪化させているように思えてなりません。

4月10日の夜の報道番組で、過去にいくつもの大臣を歴任された国会議員が、「現在起こってきている経済不況は、ウイルスが拡がって起こっていることで、国が休業を要請しなくても客が減って不況になったわけだから、国がその休業補償をする筋合いのものではない」といった話しをされ、「国民に危機感が乏しい」と述べておられましたが。「危機感がないのはあなたでしょう」と言いたくなりましたが、皆さんはどう思われるでしょうか。私たちは、こうした考えを持つ国会議員が構成する政府に我々の生活をゆだねているということが、今回のウイルス騒動で浮き彫りになってきたのかもしれず、これだけは今回の騒動で唯一良かったことなのかもしれません。

今回、ウイルス騒動に思うところを書いてきましたが、まだ途上ということで、結論らしいことを書けないのが心苦しいということになりますが、終息もしくは鎮静化した時に、再度まとめを書いてみたいと思っています。



追記:この騒動が落ち着いたとして、100年単位で起こってきた世界レベルの大感染事件ののちの変化のように、世界中で新しい文化というかシステムの変化がみられるのではないかと思っています。さらには、(すでに言われ始めていますが)各国からの中国への損害賠償請求などといった感染以外の問題が尾を引くのではないかと考えています。

翻って、日本のことを考えてみると、あえて言えば運悪くオリンピックやパラリンピックを開催する国に当たってしまっていたが故に、新型感染症発生時の初期対応に遅れが生じたことは否めない事実のようです。それに輪をかけて、先に書いたような国会議員がいる限り、次の感染症発生の時にも、この国は同じ愚を繰り返すのだろうという想いしか浮かんできませんが、それが現在の「忖度政治」、「おもねり政治」というには、あまりにもお粗末と言わねばなりません。

こうしたことも含めての、国レベルでの感染症への対策の再構築が求められるのではないかと真面目に思っています。


(注1)4月13日時点で三重県内の感染陽性者は17例となっています。


※本原稿の内容についての責任は著者にあり、編集局の意向を示すものではありません。

医療法人 寺田病院 院長板野 聡
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
専門は、消化器外科、消化器内視鏡。地域に根差した医療を目指しています。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職。
著書に、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)、「看取り請負人 死なせ屋ゴンがゆく」(ルネッサンス・アイ社)。
資格は、日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、日本消化器内視鏡学会指導医、がん治療認定医、三重県警察医、ほか。
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
専門は、消化器外科、消化器内視鏡。地域に根差した医療を目指しています。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職。
著書に、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)、「看取り請負人 死なせ屋ゴンがゆく」(ルネッサンス・アイ社)。
資格は、日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、日本消化器内視鏡学会指導医、がん治療認定医、三重県警察医、ほか。
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