続・高齢化社会の裏にあるもの ―レスパイト入院―

先般「高齢化社会の裏にあるもの」(2020年2月11日配信)と題して「社会的入院」が医療費増大の元凶とされ、やがて在宅ケアにシフトしたことを書きました。

 

しかし、そうした在宅ケアを実施していく中で、在宅では対応し切れない現実が改めて見えてきたのです。

 

行政の常で、過去の施策の誤りや不具合を認めることはタブーでしょうから、別のやり方を考えた結果、それこそが地域包括ケアシステムではないかと、(全くの私見とお断りした上で)私には思えてなりません。

 

このシステムを支えるために、地域包括ケア病棟(そのまんまのネーミングです)が設けられることになり、いつもながら割の良い保険点数が設定されたこともあって、各地で増えているのが現状です(実は、当院でも検討中です)。

 

このシステムの中で問題になるのが、「レスパイト(respite)入院」という新しい考え方です。「レスパイト」とは、「小休止」、「ひと休み」、「息抜き」という意味です。

 

では、いったい何をひと休みしたり息抜きをするのかというと、緊急事態等が発生して介護が不可能になったご家族の介護を、一時的に引き受けてひと休みしてもらったり、介護に疲れたご家族に息抜きをしてもらうということです。

 

過去に「社会的入院」と位置付けられた人たち(患者では無いという扱いになったんですよね)が在宅に戻されたのですが、その中には入院が必要な方も含まれていたというのが実際です。長期にわたる入院が困難になって、人工呼吸器を自宅に持ち込んで、在宅ケアに変更した方もいらっしゃいました。当然、家人は一日24時間365日を付きっ切りでの介護をする(せざるを得ない)事態になります。また、付きっ切りではないにしても、「目が離せない」という状況なので束縛される場合も多々あるでしょう。そうなると、冠婚葬祭といった社会儀礼上の必要不可欠な参加もままならなくなります。ちょっとした休憩や娯楽で家を空けるなんてもっての外ということもあり得るでしょう。

 

これは、家族として要介護者に対する責任があるというだけではなく、周囲からの眼があるから手を抜けないという厳しい現実があるのも否めません。その眼は、結局、介護を家族に押し付けた者たちからの重圧であり、国の制度とは言え罪の深さを感じています。

 

そうした究極の状況に追い込まれたご家族の中には、誰にも相談出来ないままに無理心中を図ったり、介護していた親や子を殺害するという痛ましい事件を起こす方も出てきてしまっています。こうした事件が時々ニュースになりはしますが、私も含めて、やはりテレビの中の出来事としてしか受け止めてこなかったのが現実ではないでしょうか。

 

そんな経過の中で、この「レスパイト入院」が登場するのですが、前述の地域包括ケア病棟という地域包括ケアシステムを支える役割を担う病棟(ややこしいな?!)が登場しました。

 


国の2014年度の診療報酬改定時に創設され、その受け入れ方の一つとして「レスパイト入院」が言われ始めていることから考えると、どうやらその頃が始まりのようです。
これは、既に記述したように、家庭で介護にかかわっているご家族さん達にもケアが必要(「ひと休み」や「息抜き」です)だという考え方から出てきたようです(やっと、国も認めざるを得なくなったのでしょうね)。そして、介護保険制度での「ショートステイ」という要介護者を短期間施設に預けて、ご家族の休息期間を設けるのと同じ考え方です。医療必要度の高い要介護者の場合には、病院への入院が必要になるという考えが生まれたようです。

 

この「レスパイト入院」と言われているものを漢字に訳すると「介護家族支援短期入院」となりますが、少し字数が多いものの、上手く日本語に翻訳してあり、内容をよく理解出来そうです。ちなみに、対象はレスパイト入院後の退院先が自宅の方に限られるとされ、ここで言うところの「短期」とは、地域包括ケアシステムに則り、「60日間まで」となっています。

 

ただ、ここでちょっとした疑問が沸いてきます。何も、ご家族の息抜きの為と言わなくても、普通に「病状の悪化からの一時入院」、あるいは「一定の期間が経ってからの検査入院」では駄目なのでしょうか。そして、「これって、期間こそ短いけれど、以前に提案されていた『社会的入院』そのものじゃないのかな」という疑問です。そうなると、この入院に保険を使っても良いのか、それとも実費で対応すべきなのか?今のところ、保険を使っても切られることもなく、さらには民間保険で補償するものも出てきているようで、入り口が違うのに、中身は同じでも大丈夫なのでしょうか。

 

手元に、2018年11月の九州医事研究会での記事があります。題名は「地域包括ケア病棟」に転換した200床未満病院のトレンド「レスパイト入院(介護家族支援短期入院)」と銘打っていて、地域包括病棟を持ち始めた病院へのレスパイト入院の勧めといった内容です。この中で、介護者が休養するための入院であり、在宅療養を支えるための入院であるとしたうえで、地域包括ケア病棟への急性期からの入院ルートだけでは無しに、急性期や亜急性期の疾患でも「レスパイト入院」としての受け入れが出来るようにすべきだ、とありました。


なるほど、こう考えれば、過去の「社会的入院」と同じ考え方ではないことになり、保険も適応されるようです。さらに、利用者に知ってもらうことで、これまでの何でもかんでも救命救急センターへ連れていき、救急医療の現場に負担を掛けていたという問題も、幾分かは解消されるかもしれませんね。ここでは、同時に地域包括ケア病棟を持つ病院のインセンティブになるとも書いてあった点も申し添えておかなければならないようです(要は、病院の収益になるということですが、題名からしてそうした検討会のようですからね)。

 

ここでは、先に書いた「レスパイト入院という言葉を、診療報酬上認めていいのかどうかという問題も、実はあるのではないかと思いますが」とあります。私と同じような疑問にも触れたうえで、「家族が困ったときに一時的に入院するという意味ではなく、例えば在宅療養の急性増悪時に緊急で受け入れるという入院である」との説明がなされており、保険上は、あくまで地域包括ケア病棟の本来の目的としての急性期や亜急性期の疾患を受け入れることのようで、以前の「社会的入院」とは違った考え方が示されていました。

 

今回は、始まって間もない「レスパイト入院」に付いて書いてきました。実は、当院でも、まだ地域包括ケア病棟はありませんが、風邪をこじらせて肺炎になったような要介護者をお預かりし、その入院期間に介護をされているご家族に「一息いれてもらう」ことになっています。

 

今後の課題としては、「介護者のケア」という言葉通りの意味での「レスパイト入院」が広く受け入れられるのか、これから先、どうなって行くのか注視する必要がありそうです。介護者側の用件のみで「入院」をさせることへの抵抗は、少なくとも緊急的に介護が出来なくなる事案がない限り、(いかにも日本的発想と言われるかもしれませんが)介護者側の方に大きいのではないかと感じています。

 

詰まる所、行き場のない医療難民や介護難民が増えてきたことへの対策と考えられなくもないのですが…これからも後追いのようにして、さらに複雑になった問題に対する、これまた複雑な解決策が出てくるのだろうと思っています。いずれ、自分もその問題の渦に巻き込まれてしまうのだろうと覚悟はしていますが(その時には、そうなっているとは自分では判らないのでしょうね)、もうちょっと先にして欲しいと願うばかりです。

 

ところで、前回の「高齢化社会の裏にあるもの」の最後に、「辛」という字に「一」を足すと「幸」になると書きましたが、この「一」は何なのかと考え続けてきました。たった一つだけれど、それは何なのか?一つであるが故に、形はないけれどすべてを包み込むようなものであろう考えにたどり着きました。

 

それは「心の持ち方」という目には見えないけれど、誰にでも共通にあるものなのではないかと思えてきた昨今です。

 

人がこの世に生まれたからには、逃れられない高齢化という問題に取り組む「心の持ち方」が、巷の一人一人から地域、やがて国レベルに広がって共有された時にこそ、「辛」が「幸」に変わることが出来るのではないか!と確信に至りつつあります。

 

医療法人 寺田病院 院長板野 聡
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
専門は、消化器外科、消化器内視鏡。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職に。
著書に、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)、「貴方の最期、看取ります」(電子書籍/POD 22世紀アート)、「医局で一休み 上・下巻」(電子書籍/POD 22世紀アート)。
資格は、日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、がん治療認定医、三重県警察医、ほか。
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
専門は、消化器外科、消化器内視鏡。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職に。
著書に、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)、「貴方の最期、看取ります」(電子書籍/POD 22世紀アート)、「医局で一休み 上・下巻」(電子書籍/POD 22世紀アート)。
資格は、日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、がん治療認定医、三重県警察医、ほか。
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