働き方改革-医療崩壊の危機?

休日の朝、病室に入っていくと、患者さんから
「あれっ、先生、今日はお休みじゃないんですか?」と聞かれることがあります。
そんな時は、
「そうですよね。病気にもお休みがあってくれると、私も休めるのですが」と、冗談っぽくお答えするのが常です。
これは、これまでずっと、休日の朝の回診で繰り返されてきた会話です。

 

地元に居る限りは、休日の朝も出勤して回診を行うのは、私が若かった頃に自分と交わした約束の一つです。今の病院に来てからも30数年間も続けてきたいわばルーティーンのようなものです。さらに回診後、自分の担当の患者さんは勿論、他の患者さん達も病状が落ち着いているのを確かめてから、その日の予定が動き始めるという手順になっています。主治医としての患者さんを持たなくなれば、休日の出勤からは解放されるのでしょうが、案外、それでもつい習慣で出勤しそうです。
さて、こんな私の定番のフレーズが使えなくなってしまうのではないかという事態になってきています。

 

そう、それが「働き方改革」です。

 

2018年6月29日に働き方改革関連法(以下同法)が参院本会議で成立しました。気になる医師への時間外労働上限規制の適応は2024年4月からになる予定です。

 

元々は過労死などの事件が繰り返され、社会問題化したのが発端のようです。同法は労働基準法を改正して労使協定(36協定)の締結によって可能となる時間外労働の上限を定めるものです。罰則(6カ月以下の懲役もしくは30万円以下の罰金)も付けられており、2019年4月施行とされたのでした。ただし、中小企業には2020年4月に適用とし、医師、自動車運転業、建設業に付いては業務の特殊性に配慮し、法施行5年後に適応する(従って、医師は2024年4月から)とあります。

 

さて、2017年12月21日付の日経メディカルのネット配信では、当初、日本医師会の横倉義武会長の会見は「今回の議論で、多くの患者さんや国民から『医師が労働者であるという位置づけには違和感がある』との声を沢山いただいた」と述べられ、『この機会に、そもそも医師の雇用を労働基準法で規律することが妥当なのかについても、抜本的に考えていきたい』との考えを示された」そうです。


この議論については、第2回目の「医師の働き方改革に関する検討会」で、「勤務医のほとんどは労働基準法上の労働者である(「一般的な勤務医は労働者」に議論の余地はない)」と定義が明確化されたそうで、医師会会長の思惑とは裏腹に労働者と一括りにされてしまい、藪蛇になってしまったようです。

 

ところで、2017年11月に勤務医労働実態調査2017実行委員会が発表した調査の中間解析では、当直明けの連続勤務が、医師の集中力や判断力を鈍らせ、診療ミスが27%増えたと報告されております。既に医療界でも長期時間労働の問題点は議論されてきた経緯はありました。特に外科医の場合の「当直明けの手術」問題は、外科学会でも話題になって、私も実感しています。実際、当直明けの勤務状態は、ほろ酔いレベルとのデータもあり、車の運転なら罰せられる条件です。この問題は、医師個人の体力と気力に期待するだけでは済まされないのが事実のようです。そうは言っても医師不足の現実が目の前にあり、手術を待つ患者さんの気持ちを考えると、「疲れたので帰ります」とはいかないのが現実です。

 

いずれにしても、医療界の対応の遅れを非難しても解決にはならず、これからの改革を「時代の流れ」と受け入れて対処していかねばなりません。ただ、これまで医師が増えると医療費が増えるという観点からか、それまでは盛んに医師は充足していると言っていたお役人が、この問題が出始めるや否や医師不足を声高に言い始めたことには驚いたものです。最近では、将来の人口減少に備えて医学部の定員を減らすという報道も出てきており、一体何を基準に、何処で話がなされているのかと判らなくなってきています。

 

さて、ここまで縷々書いてきたものの、実際に事が動き始めている以上、医者は仕事をしたくても休みを取らざるを得なくなりそうです。一方で、患者さんたちが、休日に「何故主治医が診に来ないのか」などとお怒りになるようでは、医師の立つ瀬が無いというものです。それは、国民の皆さんからご理解とご協力を頂けるように、何より我々医療関係者が働きかけていかなければならないと思っています。そうしなければ、どこかで問題になった闇営業を責められない立場になりそうに思えてなりません(ただ、本音では、所謂、サービス残業は無くなりようがないと思いますけどね…)。

 

さてと、日曜日の朝、当直でも日直でもないのに病院に出てきて、回診した後にこの原稿を打っています(書いていると言うのかな?)が、このような行いも厳密には止めなければならないのか、するなら勝手に(趣味で)やっていることと承知しておけという結論になるのでしょうか。それに、学会発表の準備や学術論文なら、通常業務の合間を縫って勤務時間内に書かないといけない羽目になるのでしょうか。
やはり、私には「医術の基本」や「医の理念」と「働き方改革」は相容れないものに思えてなりません。何か、根本的な所で間違っていると感じますが、それを上手く表現出来ないでいます。この問題、ヒポクラテス先生がご存命なら、なんとおっしゃるのか興味のあるところです。

 

最後になりますが、文春オンライン(2019年6月11日配信)で丹羽宇一郎氏が『働き方改革』が日本をダメにする(文藝春秋特選記事)とお書きになっていましたが、私も全く同感です。繰り返しますが、医師不足が解決される目処が立たない医療界では尚更と思えるのです。こうした問題は、案外、一般の方々には知らされてこなかったか、あるいは医療者側もその努力をしてこなかったのではないかと思われます。今後は、一緒になって解決策を求めていく気概が必要なのではないでしょうか。そうしなければ、これらも、一部の心ある人たちの頑張りに頼ることで済まされてしまって、悪くするとそうした人たちが罰せられるというおかしな道理になるのではないかと心配です。

 

先日、ある会合でこの「働き方改革」の話が出ましたが、どなたも「表向きは、良く休んで、実質はしっかり働くという意味なのでしょうね」とおっしゃっていました。また、「勤務」から「自己研鑽」へのシフトでの対応で誤魔化されるのではないかとの意見もありました。そして、2024年までには、まだ時間があり、どんでん返しで「医師への適応延期」もしくは「医療者への適応除外」となるのではないかという話で終わりました。案外、この話、ブラックジョークで済まないかもしれないと思いながら帰宅の途につきました。

 

医療法人 寺田病院 院長板野 聡
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
専門は、消化器外科、消化器内視鏡。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職に。
著書に、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)、「貴方の最期、看取ります」(電子書籍/POD 22世紀アート)、「医局で一休み 上・下巻」(電子書籍/POD 22世紀アート)。
資格は、日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、がん治療認定医、三重県警察医、ほか。
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
専門は、消化器外科、消化器内視鏡。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職に。
著書に、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)、「貴方の最期、看取ります」(電子書籍/POD 22世紀アート)、「医局で一休み 上・下巻」(電子書籍/POD 22世紀アート)。
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