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看取りと介護における理(ことわり)と情(なさけ)と

高齢化社会が進行していますが、単に高齢者の数が増えるだけでなく、医療や介護を必要とする、いわゆる「手の掛かる」高齢者が増えているのが現実なのです。これこそが「高齢化社会」が抱えている最も深刻な問題であり、注目される原因と言えるのではないでしょうか。

こうしたことを背景にして、最近では「健康寿命」という言葉が使われ始めています。そうした方々も、(敢えて言わせて頂けば)「健康」を失ったらすぐにお亡くなりになるわけでもないでしょう。結局、「健康」を失った後のお亡くなりになるまでの時間が長いのであれば、問題の解決にはならないのです。耳触りの良い言葉に酔って、言葉だけが独り歩きし、現実から目を逸らそうとしているのではないかと思えてきます。やがて不安な気持ちになり、時には滑稽にさえ感じてくるのです。

 

さて、先日、当院に相談があった80歳前の女性のお話です。5年前に脳梗塞を患われ、その時点から意識障害と右半身麻痺となっています。発症時には、救急病院で濃厚な治療を受けられたようですが、医学的事実を覆すような奇跡は起こらず、しばらくしてから療養施設に入られました。
その間、ご家族の希望で胃瘻を造設し、一つの施設での滞在期限が来ると、また別の施設へと退所、入所を繰り返されていたのでした。そして、今回は、「胃瘻からの注入で誤嚥性肺炎を繰り返すため(胃に入った流動食が食道に逆流して、誤嚥される)経鼻経管栄養の管の先を小腸まで入れているのだが、状態が改善しないので、こちらの病院で診て欲しい」との依頼があったのです。

既に、所謂「寝たきり」であり、呼びかけにも答えられない状態です。ただ、経鼻経管が不快なのか、不自由な左手で引き抜こうとされるとのことです(無意識下だとしても、自己抜去しようとしているのだとすれば、哀れであり、残酷なことではないのかな?)。
この経鼻経管続行のために、両手の抑制(と言えば聞こえは良いですが、要は縛って動けなくすること)と手にはミトンと呼ばれる大きな手袋がはめられているのです。この状況を、ある先生が、思わず「虐待ですね」と言いましたが、ご家族の熱意と言うか、母親への思いからか、「とにかく、栄養を入れて元気にして欲しい」とのご依頼でした。

 

確かに、今の時代では、80歳前は「まだ若い」のかもしれませんが、既に5年間の闘病生活、しかも寝たきりで100%の介護が必要(ただし、ご家族は付かれません)という状態で、「治療」を何処まですべきか、「看取り」をどうするのかという問題が、頭の中をぐるぐると巡ることになりました。

 

「看取り」を考える時、「理」に走れば「労多くして功少なし」であり、医療経済の面からも問題が出てくるのは確かであります。しかし一方で、人は「情」の動物であればこそ、「親への思慕」、「生への執着」を無視するわけにもいかないのが現実なのです。そうした中で、ご家族からの医学的見地から見れば理不尽なまでの要求に、どう応えるべきなのか。現場で仕事をしている医療者の大きな悩みの種となっているのが現実です。

 

実は、この患者さんの息子さんはお医者さんです。どちらかというと人の生死に関係しない科の先生であり、私からすれば「看取り」に関しては素人に等しいと思える状況でした。しかし、母親の看取りということもあってか、ひたすら「医学的知識」を仕入れては、担当する医療関係者に(勿論、医者に対しても)何かと要求する姿勢でした。こうなると、「医者が言う正論」ともなり、どなたも口を挟めない状況になりますが、こうした問題は、「医者でさえ、自分の親のこととなると周囲が見えなくなる」と考えるのか、「医者だからこそ、専門的知識を使って治療や介護をしていくのだ」と考えるのか、多くの疑問が湧いてくることになりました。

 

このお医者様の場合には、要求はするものの、一般に見られる多くの家族と同様に、当の介護の実際には立ち会うこともなく、知識の披歴と要求を残されて帰られるということでした。こうした現場にありがちな悲しい現実を見せつけていますが、どこかの時点で、現実を直視するように指導する人が必要ではないかと思わされる出来事でした。

 

さて、その「人」のお役目は御免こうむりたいことではありますが、これもまた、「情」を考えると難しい問題ではあります。
そういえば、夏目漱石先生は、「草枕」の冒頭で「智に働けば角が立つ、情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ、とかく人の世は住みにくい」と書かれていますが、昔から理性と人情の絡み合いがあったということで、納得しなければならないのでしょうか。

 

いずれにしても、介護が家族の手から離された時点から、こうした状況は予想されたことではあったのでしょう。「そうならないような対策」や、制度改革当初の段階での真っ当な「意見」は、その声が小さかったからなのか、ある意図の下での采配からか、既に消え去っており、辛い現実だけが残されているように思えてなりません。

 

私たちの国は、国民は、一体どこで間違えたのでしょうか。敢えて、ご批判を覚悟で言います。
日本は、明治維新と第二次大戦の敗戦といった劇的な変化の時以外には変われない民族のようです。(第3のそうした変化があっても困りますが)当分、このまま続けていくようです。

 

結局は、制度の裏表を知って、上手く泳いでいくしかないのでしょうか。

 

医療法人 寺田病院 院長板野 聡
岡山県倉敷市出身。
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
以来、消化器外科、消化器内視鏡を専門として地域医療に取り組んでいます。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職に。
「臨床外科」(医学書院)にエッセイ「1200字通信」を連載中。
2016年11月15日に短編小説集、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)を上梓しています。
2018年5月9日に「看取り請負人 死なせ屋ゴンがゆく」(ルネッサンス・アイ社)を新たに上梓しました。
日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、日本消化器内視鏡学会指導医、日本大腸肛門病学会指導医、日本消化器病学会専門医、
がん治療認定医、日本医師会産業医、ICD認定医、三重県警察医ほか。
趣味は映画、読書、クルマ。小型船舶1級免許取得。
岡山県倉敷市出身。
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
以来、消化器外科、消化器内視鏡を専門として地域医療に取り組んでいます。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職に。
「臨床外科」(医学書院)にエッセイ「1200字通信」を連載中。
2016年11月15日に短編小説集、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)を上梓しています。
2018年5月9日に「看取り請負人 死なせ屋ゴンがゆく」(ルネッサンス・アイ社)を新たに上梓しました。
日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、日本消化器内視鏡学会指導医、日本大腸肛門病学会指導医、日本消化器病学会専門医、
がん治療認定医、日本医師会産業医、ICD認定医、三重県警察医ほか。
趣味は映画、読書、クルマ。小型船舶1級免許取得。

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