真夏に入るや否や、テレビのニュースでは連日連夜「熱中症に注意してください」「屋外での活動は控えてください」と復唱のごとく聞こえてくる。確かに、気温が高い状態が続いているが、以前と比べてどの程度の割合で熱中症が多くなったのかは、熱中症の定義自体が曖昧なために、はっきりしない。一定の気温になると「自動的」に、熱中症の危険を知らせるメッセージが発信されるのだろう。真夏の高校野球のように屋外での激しいスポーツを行うこと(あるいはそれを観戦する場合)との矛盾は脇に置いておくのである。
災害時の避難についても、同じ様な警告が発せられる。「早めに全員が避難してください」「自分の命を守ってください」などの言葉である。この場合も、一定の基準に達すると「自動的」に警告が発せられる。自分の住んでいる場所がどの程度危険であるのかとは関係なしに、避難の警告がニュースで発せられるのだ。まして、全員が避難できる避難所があるわけでもない。
我々の世界は、今や一定の基準に沿って行動するのを“良しとする”風潮が浸透している。その一定の基準が、果たして妥当なものなのかについては無関心なのだ。自分の感性との相違をも問題としてはいけないようだ。それらは、安全を基準としたものが多く、その安全も誰かに対しての基準ではなく、ほぼすべての人に適応できるような基準が求められているのである。また、何らかのモニターを通して(気温や体重などを通して)、行動が決められていることも最近の特徴だ。モニターが無い時代では、自分たちの五感(視覚、聴覚、臭覚、触覚、味覚)で判断していたが、現在ではこれらを信用しないようにささやかれ、デジタル的に見ることが出来るモニターを信用するように促されているのだ。
例えば、熱中症の警告にも、高齢者は暑さ寒さを感じ「にくい」ので、訴えに耳を貸す(高齢者の五感を信用する)のではなく、そばにいる人が、モニター(温度計)を信用して、高齢者の行動を管理するように言われている。高齢者のみならず、現在では自分の感性は信用ならないと思われているのだ。
この様な人間の行動についてのアルゴリズム作成は、近年になって行われてきたことだ。アルゴリズムとは、問題を解くための基準を定式化した形で表現したものである。作業マニュアルもそれに近い。あるいは、大規模な情報(ビッグデータと呼ばれる)を取得できる立場にある、いわゆるGAFA(google,apple,facebook,amazon)といわれる大手情報産業が、自社の製品を売るためのデータを消費者から大量に取得する。さらに、それを解析して、行動についてのアルゴリズムを作り、消費者の行動を左右していると言われる。GAFAの宣伝にのって消費行動をすることは、テレビの警告(熱中症や災害時の避難など)に従って行動するのとは、同じ様なアルゴリズムに従って行動することだ。だれかが作成した人々の為の安全、効率的行動マニュアルに従う傾向は、急速に強くなっている。その中でささやかな小市民的幸せが待っている。これらの警告や勧めに従わない場合は、その罰を受ける仕組みも整いつつある。
アルゴリズムに支配された生活は、人間の感性を低下させているし、想像力も弱める。そして、危険に対して立ち向かう勇気をも減弱させるのだ。日常生活はすべて予定されていて、想定外の出来事や行動は驚きを持って迎えられる。そして、その驚きは新鮮な感覚ではなく、訂正すべきエラーとして認識され、「再発予防」が唱えられるのだ。
アルゴリズムに支配された世界では、現在の延長線上にある進歩は期待できるが、常識とは相容れないような変化は排除される。それ以上に、生まれた時からアルゴリズムに沿った生活を半強制されれば、アルゴリズム人間が再生産されるだろう。
人工知能が人間の知能を凌駕する時期を、「シンギュラリティ」と呼んでいるが、もはやその時期を人間は恐れるのでなく、普通のこととして受け入れるだろう。すでにアルゴリズム人間になった人類は、もはや自分の感性を捨てて、モニターや自動計算によって行動するようになっているのだから。
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