いわゆる弁証論的な考えによると、対立した二つの意見が生じた際にそれらを議論することによって、第三のより進化した答えを見つけることが出来ると考えられている。しかし、この議論の過程では、二つの議論の前提を無視して、実現が不可能で、現実的でない答えを主張する場面がある。つまり「ちゃぶ台返し」だ。
例えば、介護労働において、従事する人の賃金とその仕事の効率化に付いての問題に対して、「介護ロボット」を導入するという考えだ。
「介護ロボット」は、人間と同じような姿かたちで、同じように考え、行動することを前提として、このようなロボットが出来ればよいなどと主張することである。当然ながら、現在の介護労働の改善を行う場合、「介護ロボット」なんて、当面実現出来ないし、それによって介護生産性を上げることは出来ない。この様な不可能なことを持ち出し、あたかも介護労働の効率化が図れると言い立てても、何も解決しない。介護労働の改善には、地道な努力が必要であり、移動技術を人間工学的に行うこと、嚥下の分析によって食事の摂取方法を考えること、排泄のアセスメントによって、最適な排泄援助の方法や時間を決めることなどが中心となる。それ以上に高齢者との交渉が行われ、正当な介護行為が行われる必要があるのだ。
最近、救急車の出動が多くなり、その過半が、高齢者の呼び出しによるものである。その中にはかなりな確率で軽度の(救急車を用いる程度でない)ものが含まれ、救急隊の疲弊や費用の増加を招いていると言う指摘がある。この場合の解決法として、地域の見守り機能を増やすこと、あるいはボランティアの活用などの提案がある。昔はお互いに見守っていたのに・・・、地域のボランティアの活用をもっと促進して・・・・、などを訴える場合が居る。これらの議論も、解決方法を、達成出来ないと思われる場所に移動させ、解決をあいまいにする結果しかもたらさない。要するに「ちゃぶ台返し」と同じことなのだ。救急車が高齢者に偏っていることは問題であるが、この解決方法として、現実的に解決可能な考えを示すことが必要だ。高齢者が何もないのに、救急車を呼ぶことはない。救急車を呼ぶのは、何らかの問題が(身体的問題が多い)発生した場合に、対してどの様にそれを解決すればよいのか考えた結果なのである。
それには二点を挙げる。一つは、かかりつけ医の真摯な対応である。かかりつけ医を支える為には、在宅療養支援診療所という制度があり、この制度のもとに診療を受けている高齢者は、どの様な状態でも「気楽に」診療医に電話などで連絡することが出来るのだ。そして、必要があれば、診療医はいつでも往診をしなければならない。しかし、在宅療養支援診療所の指定を取っているにもかかわらず、すぐに電話対応や、緊急往診をしない場合も多い。高齢者に発生する状態の変化は、この様な在宅医療機関で対応すべきであり、その仕組みが機能していないのが原因である。
二つめは、介護を提供しているにもかかわらず、この様な相談機能を欠いていることである。相談機能を伴った在宅介護には、「夜間対応訪問介護」や、「定期巡回訪問介護」があり、前者では通常の訪問介護事業所が対応出来ない夜間に、後者では24時間365日、相談に対応する機能を備えている。この様に、高齢者に対して医療と介護の双方に、既に制度的に対応出来ているにもかかわらず、それらをなぜ使わないのか、あるいは普及させないのかが問題だ。
制度を作ったその後の運用が不十分であるのは、日本政府の特徴であるが(事前審査は念入りに行うが、事後審査は杜撰であること)、制度に伴う利益のみを取得し、その責任を果たそうとしない事業所に対しては、事後監視機能を強めて既存の制度を十分に活用しなければならない。「ちゃぶ台返し」を防ぐためにも、行政府は、規則を適応する際に、禁止項目に注目する以上に、出来る機能を見つめ、現実的な対応を促進することが望まれる。
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