「正規社員」・「非正規社員」の差別 -最低賃金の引き上げの重要性

日本の経済が長期に渡って停滞している原因は、その時々の経済運営に起因するのではなく、大きな流れとしての経済停滞を総括して論じるべきだろう。日本が先進国の中でも際立って経済停滞度が高いのは、成長と給与のバランスが崩れている点を挙げる人が多い。日本での経済成長は微々たるものだが、それにも増して、給与の増加が少ない。むしろ減少していると指摘されている。

1996年から2015年までの平均経済成長率は0.8%(低いが一応は成長している)に対して、現金給与総額はなんと―0.7%に過ぎない。経済成長と賃金の上昇とは乖離しているのだ。

厚労省資料より

政府は、ここ数年間、給与の上昇によって民間消費が上向くことを狙い、経済界に対して異例の賃上げ(官製賃上げと言われる)を要請している程である。政府が、賃上げを要請しても、民間企業がそれに応じるわけではない。しかし、政府の行うことの出来る数少ない政策の一つに、最低賃金の底上げがある。政府が介入することが出来る数少ない方法の一つである。下図は、日経新聞に掲載された図から引用しているが、先進国の最低賃金の比較である。

図に示されているように、日本は他の先進国に比べてかなり低い。これは、日本の高度成長期が終わり、企業収益が十分でない状態に陥った時に、人件費削減を目的として、いわゆる「正規社員」から時給を基にした「非正規社員」へと雇用を移行していったことも大きな原因となっている。ところで、「非正規社員」あるいは、「非正規労働者」の呼び名は、マスコミが作り上げた、「正規社員」あるいは「正規労働者」に対する差別用語である。これらの用語を使いたくはないが、今回は敢えて問題を明確にするために使用する。

総務省労働力調査より作成

非正規労働者の割合は、年々増加して今や全労働者の38%に達している。非正規労働者は正規労働者に比べ、スキルを上げるための教育機会が少ないこと、それにも増して、時給換算した賃金が、正規労働者に比べ非常に少ないことが挙げられる。

 

1990年代は、失業率が現在のように低くなく、人手不足は深刻ではなかった。非正規の時給社員を募集すれば、多くの応募があったのである。そして、時給の考えが余りなかった(日本では月給が主体だった)ので、意外に時給は低く抑えることが出来た。「正規社員」の給与を時給換算するとかなり高額となる。

 

例えば、年俸300万円の給与は高いとはいえないが、年間平均労働時間である2000時間で割ると、時給1500円となる。これは、時給社員の平均金額にくらべてはるかに高い。企業が「非正規社員」を増員する最も大きな要因はこの点にある。そのうえ「非正規社員」は有期雇用契約が多く、解雇しやすい。この様にマスコミが名付けた「非正規社員」は、企業にとって非常に使いやすい、便利な存在だったのだ。

 

階層が分化して差別が起こっている場合、その差別された階層を無くするためには、上位の階層を引き下げるか、下位の階層を引き上げるか、どちらかの方法となる。「正規」「非正規」が階層化している場合、この差別を無くする方法は、「正規」の引き下げか、「非正規」の引上げである。「正規」の引き下げは、解雇規制の緩和か給与の引き下げであり、「非正規」の引き上げは、解雇規制を強めるか、給与の引き上げだ。「正規」の引き下げは、日本の現状からみて(既存勢力の抵抗に、政治が極端に弱いこと)難しいだろう。最も行いやすい方法は、「非正規」に対する給与の引き上げである。「正規」と時間給で同じレベルになるまで(同一労働同一賃金の法則)「非正規」の給与を引き上げれば格差は解消する。

 

企業は抵抗するだろうが、その為に政府が出来る数少ない方法の一つが最低賃金の引き上げなのである。最低賃金引き上げに対する反対は、中小企業やサービス業が中心である。これらの業種に対しては、最低賃金の引き上げは極めて厳しい政策であるが、最低賃金の引き上げを明確に、中期的目標として提示することは、中小企業、サービス業の賃金を引き上げる効果がある。

 

ただし、最低賃金の引き上げは、その解釈に大きな差がある。下図は、都道府県ごとの最低賃金の分布であるが、最低の鹿児島761円、それに近い762円は11県ある。最高額985円の東京との差は、224円だ。全体の加重平均は874円である。

 

厚労省資料より

最低賃金の引き上げを梃子にして、賃金を引き上げるためには、ある程度のインパクトが必要だ。東京が最低賃金1000円に上げても、わずか1.5%の引き上げだ。加重平均の874円を1000円にすると、14.4%の賃上げとなる。最低の鹿児島で最低賃金を1000円にした場合、31.4%の引き上げになる。

厚生労働省「地域別最低賃金改定状況」

過去5年間の最低賃金の上昇率は、平均2.9%程度である。今後の政策的な引き上げ幅を毎年5%とすれば、現在の874円(加重平均)が、1000円以上になるのは3年後であり、5年後には1115円となる。最低の761円の鹿児島で年間5%ずつの最低賃金の引き上げで、5年後には、971円となる。
最低賃金を引き上げる際には、実際の賃金動向を見ることが必要であるが、政策的に賃金の底上げを図るためには、近い将来(5年間程度)の予測を示す必要があると考えられる。仮に加重平均(874円)を毎年5%引き上げれば、3年後には1000円を上回るので、このあたりが目安となるだろう。

 

マスコミが作り上げた「正規社員」と「非正規社員」の差別を解消するためにも、積極的な最低賃金の引き上げを推進しなければならない。

 

公益財団法人橋本財団 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
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