新紙幣発行報道の“不思議”

政府は、1万円などの紙幣を20年ぶりに刷新する方針を固め、麻生財務相が4月9日午前の会見で発表しました。新紙幣発行は偽造防止のためなどの理由からであると言われています。新紙幣のデザインは、1万円札には渋沢栄一氏 、5千円札は津田梅子氏で千円札は北里柴三郎氏になるようです。マスコミが報道するのは、ご多分にもれず新札の発行よって、ATMの更新に伴う経済効果や、新札に採用される人たちの話題ばかりです。しかし、キャッシュレス化を促進している政府が敢えて新通貨を大々的に宣伝するのは、強い違和感があります。ケネス・ロゴフ著「現金の呪い」の内容をもとに考えてみましょう。

紙幣の発行は国家の独占事業であり、返上するにはもったいないような利益が上がるのです。例えばアメリカの通貨発行益はこのところの平均で言うと、GDP比0.4%に達しているそうです。このGDP比を日本経済に適応すると、日本円に換算して2兆円が政府の懐に入る計算になります。さらに紙幣には現時点で他の決済媒体には真似のできない特別な性質が備わっています。ほぼ完全な匿名性、ほぼ瞬時の決済完了、停電の際にも困らない、そしてもちろん社会の慣習や文化に深く浸透していることなどです。

しかし、もっと深く見ていけば、そうしたメリット自体が多くのデメリットをもたらしていることが分かります。通貨のうちでも高額紙幣は世界の流通通貨の80%から90%を占めていますが、実はその多くが地下経済で流通しているのです。それらは、脱税や犯罪を生じさせ、それも大規模かつ組織的な非合法行為を容易にしているのです。政治家が4億円を現金で受け取った賄賂事件も古くなってはいないのです。様々な理由から現金が最も犯罪向きの決済手段であることは間違いありません。確かに現金の使用を制限しても犯罪やテロを根絶することはできません。しかし強烈な打撃を与えることは確実です。政府が積極的に乗り出さない限り、世界で流通する膨大な現金が、近い将来に姿を消す可能性はまず無いことを多くのデータが示しています。

政府が本気で紙幣の廃止に踏み出すなら、最も簡単なのは高額紙幣の新規発行を打ち止めにすることです。日本でも、キャッシュレス化を促進しようとするなら、1万円札を廃止する大胆な政策が必要です。高額紙幣の廃止は、長い移行期間を設けると共に、少額紙幣の流通は恒久的に維持すること、低所得者層向けに無料または手厚い補助金によりデビット・カードを配布することなどが必要です。

以上のように現金の廃止や使用制限を提案する第一の理由は、脱税や犯罪防止にあるのです。日本のように通貨が国際的に使われていない国にとっては、特に紙幣の廃止は効果が大きいと考えられます。

ドイツとオーストリアは500ユーロ紙幣の印刷を終了しました。欧州中央銀行(ECB)が2016年に廃止を決めたことを受けてのことです。インドでは500ルピーと1000ルピー紙幣の廃止も行われました。

この様に考えると新紙幣の発行は、日本の改革への消極性を端的に表していると言えるのです。新紙幣の発行の金融的効果の是非はともかくとしても、キャッシュレス化を推進する政府や、それに同調するマスコミが、ほとんど新通貨の発行に異議を申し立てないことは、不思議で驚くべきことであると言わざるを得ません。

※この小論の内容の多くは、ケネス・ロゴフ著「現金の呪い」より引用している。

社会福祉法人敬友会 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。社会福祉法人敬友会 理事長(高齢者住宅研究所 理事長)、特定医療法人自由会 理事長。一般財団法人橋本財団 理事長。2016年6月まで㈱メッセージ(現 ㈱SOMPOケア)代表取締役。
専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。社会福祉法人敬友会 理事長(高齢者住宅研究所 理事長)、特定医療法人自由会 理事長。一般財団法人橋本財団 理事長。2016年6月まで㈱メッセージ(現 ㈱SOMPOケア)代表取締役。
専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。

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