現場労働者の人手不足は給与が低いから?

ルトガー・ブレグマン氏は、「隷属なき道」(原題 utopia for realists)の中で次のように述べている。「昔の封建領主も、現在のトレーダーやCEOも、同じように、社会に貢献する仕事をしている人から富をかすめ取っている。あるいは、単に富の移転で高収入を得ている。しかし、昔の領主は、かすめ取っていることを認識しているが、現在のCEOは自分で稼いだと思っている」と。社会を実際に動かしているのは、現場で働いている人なのであって、それを遠くで管理している人は、社会に直接貢献しているとは言えない。

近年の生産品は、以前に比べると大きく変化している。1950年代から1980年代までの変化と、1980年代から2010年代(現在)までを比較すると、日常生活に必要なほとんどの物については、前者(1950~1980年代)の変化が圧倒的に大きく、生活はこの時代に飛躍的に便利になったのだ。これに対して最近では、むしろ、科学技術は生産現場での人に代わる機械の導入での貢献が多い。人件費の減少も生産性の向上には大きな役割があるからである。

最近、一般的社会生活の変化が余り感じられないのは、人々の必要性(需要)から生産が起こるのではなく、供給が需要を喚起するような逆転した経済に変化したからである。

人々の必要性(需要)とは、暑さ寒さをしのぐ快適な住まい、飢えないための十分な食料、苦しい労働からの解放、女性にとって煩雑な家事労働からの解放、遠くにいる友人や親戚との簡単にできる移動・連絡、身体的苦痛に対しての適切な医療等、数多くの欲求であるにもかかわらず、大部分の人にとっては既に満たされたものなのだ。住居、食料、労務管理、家電製品、移動・通信方法、医薬品などは革新的に進歩し、人々の必要性(需要)を賄っている。従って、現代ではそれ以上の需要は消費者からは発信されず、生産側が提案する。しかし、この目の前に現れていない不必要需要の提案はなかなか難しい。

不必要需要に対する製品は、人々に何が必要か?と問いかけても答えられるものでなく、供給側が知恵を巡らして考え出すものである。

例えば、固定電話のみの世界では、人々は特に連絡に関して困っているわけでなく、時に、居場所が分からない場合に「ここに電話があれば連絡できるのに」と、思う程度だった。携帯電話が必要性によって出来たのか、供給側の提案によって生まれたかは分からないが、その後のスマートフォンの発達は、明らかに供給側の提案によることは確かだ。この様な知恵を巡らしての需要喚起には、それまでの目に見えた需要と違い、目に見えないモノを作り出す想像力が必要だ。従って、いわゆる「能力がある」人たちは、この様な新しい需要の喚起、あるいは需要とは言えない資源の効果的な配分(金融業務)に集中するようになった。いわゆるイノベーション企業は、この様に、不必要需要を喚起するものなのである。人々が必要とするものを提供するわけではないのだ。

これに対して、人々の普通の生活を補助するサービス業は、必須の仕事であるが、余り賃金の高い仕事とはみなされない。しかし、例えばニューヨーク市のゴミ清掃員のように、賃上げを要求した結果、日本円にして年間800万円の収入を得ている場合もある。この報酬が高いかどうかは、一面では学歴や技術に対して割高と言えるし、逆に、作業の必要性から考えると妥当であるとも言える。ゴミ清掃員の給与が低いが故に人材が集まらないようになると、ストライキが発生した当時のように、市民生活に大きな影響を与えるからである。

現場の仕事は、ニューヨークのゴミ清掃員に見られるように、日常生活では必須のものである。例えば、看護師、介護職員、運送業者、清掃員、調理員、理髪師、美容師、建設作業員などだ。これらの仕事は給与が低いので、人手不足になっているのが現状だ。日本では、なぜか現在のような人手不足の状態であるにもかかわらず、現場作業員の給与が上がらないことが不思議である。企業が赤字かというと、そうではなく近年まれにみる利益を上げている。その結果、労働分配率は大きく低下しているのだ。

世の中にサービスは必要で、それでいてサービス業が人手不足なら、賃金を上げないといけない。賃金は、企業あるいは組織の自助努力で吸収するか、価格に上乗せされる。公的サービスの場合は、同じく企業あるいは組織の自助努力が必要であるが、それでも不足する時には、公的価格が引き上げられる必要がある。人手不足の企業が行うべきことは、利益を上げている企業から順に、低い賃金のために人手不足になっている現場労働者の時間給与の引き上げである。日本の時間給与は諸外国に比べても低レベルなのだ。企業は賃金の上昇を抑えるために、女性や高齢者を次々に労働市場に、いわゆる「非正規労働者」として送り込んだ。現在の人手不足は、その送り込む人材が限界に近くなった結果である。その上、外国人労働者の導入を促進しようとしているが、そうでなく、まず、時間給与を上げて、その市場への人材の導入を促すべきである。それも、利益を上げている企業が率先して行えば、生産性の低い企業は淘汰されるのだ。

公益財団法人橋本財団 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
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