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高齢者評価で重要な3要素、認知機能、転倒、体重。

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正常な過程である老化は医学教育の対象の埒外であった。

医学は正常と異常を区別し、異常を矯正することを目指してきました。正常とは異なる形態や増殖をしめす腫瘍を切除したり、正常とは異なる形態や機能をもとに戻すことで生命の延長を図ってきたのです。病気を治すということは正常に戻すことに他なならず、医師は正常と異常を区別するよう教育されてきました。老化は誰にも訪れる正常の過程です。したがって正常の過程である老化は、一部の細胞生物学者を除いては研究、教育の対象とはならず、その個としての老化の実態についても大多数の医師は興味を示してきませんでした。

死を誰も望んではいないかもしれませんが、時の流れとともに老化の結果としての死が訪れることは誰も避けることはできません。その死を安寧に迎えることは誰にとっても大きな問題だと思います。しかしながら、医学においては老化を病気(異常)と捉えていないために、どのように老化が進んでいくか、どのように老化を診断するか、どのように老化を予防するか、老化とその帰結としての死がどのように結びつくのかが明かにされてきませんでした。癌ができているのは細胞を取って調べればわかります。肝臓の細胞が壊れているのは血液検査で酵素の値を調べればわかります。腎臓がどれくらい働いているかは血液検査でクレアチニンなどの値を調べればわかります。老化がどれくらい進んでいるのはどのようにすればわかるのでしょうか?その老化は死とどれくらい関係があるのでしょうか?

イェール大学の高齢者医療

レオ・クーニー先生は、イェール大学を卒業後ボストンで研修したのち、1976年からイェール大学に慢性疾患患者センター長として迎えられました。米国老年病学会の元会長でもあり米国老年病分野のパイオニアとして知られています。

イェール大学付属ドロシー・アドラー高齢者センターは、1981年に設立されました。道を隔てて建てられている小児病院、小児救急センターが見上げるような威容を誇るのに対して、同センターは誠に慎ましく存在しています。ここではかかりつけ医から紹介された在宅の患者さんや、イェール大学病院退院後の患者さんを診察しています。現在ではイェール大学の老年病学には有為の医師たちが多く参加し、その未来は明るいようです。当初は研修医から登録することも拒否されるありさまで、内科学教授の強力な後押しによりやっと講義を開始したそうです1)。医学における老年学の位置づけがうかがえる逸話です。

イェール大学病院では入院患者に対して、Hospital Elderly Life Program (HELP)というプログラムを実施し、2回/週のチーム回診により高齢者評価と治療方針の共有を行っています2)
チームでは老年病学の専門ナースの力が大きく、様々な介入により身体/精神機能の低下が防止できることが明らかになっています。例えば入眠剤の使用なしに良好な睡眠をもたらすよう環境を調整すること、毎日のリハビリを行なうこと、聴力を保持するよう補聴器を使うこと、視力の調整をすること、薬剤を極力減らすことなどが活動の中心となっています。これらの活動によりせん妄の発生率が下がり、入院期間が短縮することが明らかとなりました。

予後と関連する高齢者の評価は主として次の3点からなっています。

1) 認知機能 

 

イェール大学の老年学が最も重視していることは日常生活の継続ということです。その点からは、記憶などの認知機能よりも行動機能に評価の重きを置いているとのことでした。そのため認知機能評価ツールとしては、mini mental score (MMS)よりもMontreal Cognitive Assessment (MOC) を頻用するとのことでした。大切なことは患者さんが入ってきたその時から、歩き方や顔の表情等注意深く観察し、身体所見も注意深く取ることが大切であると強調されています。認知機能評価によっては入院患者への手術や化学療法の回避を議論するようです。また患者さんと同時に家族への説明を重視し、家族が患者をケアしていることへの共感を示すのも重要であるとのことでした。

2) 転倒

 

患者さんが在宅で生活する上で重要な点は、安全に生活することです。その上で、転倒の既往は重要な情報です。転倒は、高齢になるに従って筋力の低下、バランスの低下、血圧の異常、薬物の使用などが原因となって、いわゆるFrailty(フレイル)の表現であると捉えられています。もちろん病的な状態、脳内の異常、虚血、不整脈などが存在している場合もありますので鑑別が必要です。転倒の結果、骨折をきたすと手術そして入院になります。高齢者においては入院という環境の変化だけで、せん妄、うつ、長期入院の確率が高くなります。本人はもとより、病院の資源の活用、医療者の疲弊を起こしかねない点からも望ましくありません。また、骨折で入院すること自体が生命予後と大きな関連があるとされています。

3) 体重減少

 

患者さんの栄養状態と体重減少は、その生命予後に大きな意味を持っていることが近年明らかになってきました。半年の間に5ポンド/5%の体重減少をきたした患者さんに対しては、もし認知症が存在したならば死が近いと判断して、その時点でホスピスケアを勧めるそうです。半年に1回のみ来院する患者さんの体重をどうやってモニターしているのでしょうか?実はこれらの患者さんの体重は、かかりつけ医に受診した際に、血圧やその他の検査と共に体重を必ずチェックしており、それがイェール大学のコンピューター上で確認できるのです。このようなネットワークが確立されているからこそ、診断と研究を行うことが可能になるのです。

ブラックボックスとしての体内ネットワーク

従来の医学研究はある因子と介入結果が直接関与しているかどうかを単純化した系で検証する方法が一般的です。「居間のスイッチを押すと居間の電気がついた」という結論を出すのが医学研究です。つまりある薬を投与するとその結果この病気がよくなるということを検証しているのです。しかしながら実験で良い結果が出ても人で同じ結果が出るとは限りません。これは人体では様々なネットワークにより様々な反応が起こるからなのです。居間のスイッチを押しても、ネットワークのつながり方によっては2階の電気がついたり、トイレの電気がついたりしてしまうのです。人体のネットワークは極めて複雑で個人によっても、時期によっても変化する可能性があります。だから難しいのです。

ビッグデータ解析、ラブホテルが多いと女性が活躍する。

ビッグデータ解析という膨大なデータを網羅的に解析する手法があります。その結果では、一見関係が薄そうだと思える因子が意外な結果と関連していることが明らかになりました。
● 健康になりたければ病院数を減らす
● 子供を増やすには、結婚よりも車を買わせる
● ラブホテルが多いと女性が活躍する
このような結果は全体としては正しいものの、それでは病院を減らしたら健康な人が増えるか、車を与えたら子供を作るかなどについては本当にそうなるかどうかは不明です。(ラブホテルが多いと女性が活躍するというのはもっともらしく思えますが、、、。)各因子の間のネットワークが複雑すぎて中身は全くブラックボックス化しているため、入り口と出口しかわからないのです。ちょうどAI将棋で次の手が明らかになった時になぜその手になったか、コンピューターのみぞ知る、誰も説明ができないのと似ています。高齢者においても、認知機能、転倒、栄養などは老化にともない変化する「死」に関連する様々な因子のネットワークの表面に現れた因子だと考えられます。従来の医学的因子とは範疇が異なるのですが、これらの因子が死と関連していることは最近の検討で明らかであるようです。

妻に先立たれた夫は早死する。

「妻に先立たれた夫は早死にする」という統計があります。ひょっとすると将来は予後を論じる時に、腫瘍径、リンパ節転移などに加え、妻に先立たれたかどうか、がステージ分類の中に入ってくるかもしれません。「夫に先立たれた妻は長生きする」ことから、そのような女性は予後が良いため、癌のステージを一段引き下げる必要がでてくることは間違いない、と考えられます(?)。

イェール大学のキャンパスはたいへん美しく、大学美術館には100億円以上するターナーの絵が何点も掲げられており、高校生が自由に鑑賞していました。イェール大学がキャンパスを構える学術都市ニューヘイブンでは、多くの中国人留学生、韓国人留学生が闊歩していましたが、日本人留学生の数は少なく、少し寂しい思いがいたしました。

1) Leo M. Cooney, Jr., MD Pioneers in Geriatrics-Passing It On JAGS 65:1621-1625, 2017
2) Inouye SK, Bogardus ST, Charpentier PA, Leo-Summers L, Acampora D, Holford TR, Cooney LM. A multicomponent intervention to prevent delirium in hospitalized older patients. The New England Journal of Medicine 1999, 340:669-76. 1999

岡山大学大学院ヘルスシステム統合科学研究科教授松岡 順治
岡山大学大学院医学研究科卒業 米国留学を経て消化器外科、乳腺内分泌外科を専攻。2009年岡山大学大学院医歯薬学総合研究科、緩和医療学講座教授、第17回日本緩和医療学会学術大会長。現在岡山大学病院緩和支持医療科診療科長、岡山大学大学院保健学研究科教授 緩和医療、高齢者医療、介護、がん治療の分野で研究、臨床、教育を行っている。緩和医療を岡山県に広める野の花プロジェクトを主宰している。
岡山大学大学院医学研究科卒業 米国留学を経て消化器外科、乳腺内分泌外科を専攻。2009年岡山大学大学院医歯薬学総合研究科、緩和医療学講座教授、第17回日本緩和医療学会学術大会長。現在岡山大学病院緩和支持医療科診療科長、岡山大学大学院保健学研究科教授 緩和医療、高齢者医療、介護、がん治療の分野で研究、臨床、教育を行っている。緩和医療を岡山県に広める野の花プロジェクトを主宰している。
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