アレルギーの世紀
21世紀はアレルギーの時代と言われてきました。文明社会が発展すると共に従来は見られなかったアレルギーを持つ人が、爆発的に増加しているのです。アレルギーの語源はギリシア語の allos(変わる)と ergon(力、反応)を組み合わせた造語で、疫を免れるはずの免疫反応が有害な反応に変わるという意味なんだそうです。
私たちの体には外界に存在する様々な抗原に対して、それを排除する働きがあります。これを免疫といいます。細菌やウイルスなど、私たちの体を脅かすものを取り除くことによって、生命を維持しようとするのが免疫の働きです。ところが、本来ならば私たちにとって有利に働く免疫が、反対に害になるように働くことがあります。これをアレルギーと名付けたのです。
そのアレルギーの表現としては様々な反応があります。例えばよく知られているピーナッツアレルギーはアナフィラキシーと言われる激烈な反応を起こします。ピーナッツアレルギーの人がピーナッツを食べると、気道平滑筋が収縮し、呼吸困難を引き起こします。血圧が低下し、適切な処置を施さなければ死に至ることもあります。ソバアレルギーやスズメバチに刺された時にも、このようなアナフィラキシーを起こすことが知られています。アナフィラキシーとまでいかなくても、花粉症、アトピー、喘息など私たちの周りには様々なアレルギーの病態が存在します。
このアレルギーは抗原(アレルゲンと言います)に会うことがなければ起ることはありません。従って、治療としては昔から抗原を避けることを第一としてきました。ピーナッツを避けること、ソバを避けること、あるいはマスクをして花粉を避けることなどが、主として行われてきたのです。医師もその方法を常識としてそれを勧めてきました。妊娠中からアレルゲンを摂取すると、その胎児は生後にアレルギーを発症する。さらに腸の機能の未熟な幼い時期に離乳食などでアレルゲンとなる食品を摂取するとアレルギーを発症する等の理論が、常識として実行されてきました。妊娠中はナッツを厳しく制限したり、離乳食についても厳しい制限をすることを指導してきたのです。
ピーナッツを避けてピーナッツアレルギーになる
2015年にニューイングランドジャーナルという権威ある医学雑誌に画期的な論文が出ました1)。生後4ヶ月から11ヶ月までの赤ちゃんで、皮膚の湿疹や卵のアレルギーの見られる640人を2つのグループに分けました。この赤ちゃんたちはピーナッツアレルギーを高頻度に発症すると考えられます。片方はピーナッツを制限する、もう片方はピーナッツを食べさせることにしました。そして、5歳になった時にピーナッツアレルギーがあるかどうかを調べてみました。最初ピーナッツアレルギーが見られなかった赤ちゃんのグループのうち、ピーナッツを避けた群では35.3%に、ピーナッツを与えた群では1.9%にピーナッツアレルギーが発症しました。なんと、ピーナッツを避けた方が約20倍近くピーナッツアレルギーを発症したのです。「ピーナッツアレルギーにならないように妊娠中から離乳食までピーナッツを避けるのがよい」というお母さんの常識はなんだったのでしょうか。
口、皮膚、静脈からはいる抗原に対して体はそれぞれ異なった反応を示す
私たちは20年ほど前にある実験をしました2)3)。AからBのネズミに心臓を移植すると拒絶反応が起こります。前もってAの細胞をBに食べさせておくとBはAの心臓を拒絶しません(免疫寛容)。逆にAの細胞を皮下に注射すると拒絶が早く起こりました(経皮感作)。Cの細胞を食べさせてもAの心臓の拒絶は通常通り起こりました(抗原特異性)。つまり、ある抗原を口から入れることによってその抗原に対する反応が減弱し、皮膚から入れると増強するということを示したのです。当時はあまり注目されませんでしたが、この研究が今のアレルギーの治療に結びついていると(私たちは)考えています。
少し前に「茶の〇〇」石鹸で小麦アレルギーが多発したことを覚えておられますか? 石鹸の泡立ちを良くするために、小麦の成分が入っていたのが原因とされます。この場合は荒れた皮膚から抗原が持続的に入ることによって経皮感作がおこり、小麦アレルギーを発症したのだと考えられます。同じように、もし皮膚が湿疹や荒れた状態である場合には、ダニ抗原をはじめとする様々なアレルゲンが入りやすいと考えられます。この場合にはそれらの抗原に対して過度に反応するアレルギーを発症すると考えられます。
アレルギーの予防と治療
これらの研究からアレルギーの予防と治療として現在2つのことが提唱されています。
1) 皮膚からアレルゲンが侵入するのを防止する。湿疹やアトピー性皮膚炎ではスキンケアを行い皮膚のバリアを保つ。
2) 経口的にアレルゲンを投与し、免疫反応を減弱させる。様々な食べ物(抗原)あるいは病原微生物を経口摂取することで、様々な抗原に対するアレルギー反応を抑制する。
ある物に対するアレルギーを予防したり、治療したりしようとする場合には、その物を「経口投与する」ことが勧められる訳です。もちろん既にあるアレルギーに対してその原因物質を食べることはアレルギーを引き起こす訳ですから注意しなければなりませんし、予防の場合にもどれだけの量を、どのように、どれだけの期間食べなければならないかについては分かっていません。アレルギー治療の原則は、「アレルゲンを徹底的に避ける」ことから「アレルゲンを積極的に食べる」へ180度の大転換を遂げているのです。
最近、花粉症の舌下治療薬や、ダニアレルギーの経口治療薬が実用化されました。お米に花粉の抗原を発現させて、毎日お米を食べることで花粉症の治療を行うというような試みも実現しています。また、経口摂取された細菌がT-レグ細胞を介して免疫反応を制御していることも、次第に明らかにされてきました。腸内細菌ついては「うんこの話」に書きましたのでご一読下さい。
20年前に、私と一緒に経口免疫の研究をしていた石堂展宏先生の結婚式に招かれ、スピーチをしたことがあります。当時は不妊症が増えており、治療法が無いことが問題となっていました。その原因の一つに夫の精子に対する妻の体内の抗体が挙げられていました。私は研究結果から、迷わず、不妊の予防には夫婦が仲良くし、精子を経口摂取することが良いとお話ししました。実行したかどうかは分かりませんが、彼は不妊に悩むことなく無事に子をなしています。またその方法が不妊治療法として応用されているとは、未だに聞いていません。
文献
1)George Du Toit, et al. Randomized Trial of Peanut Consumption in Infants at Risk for Peanut Allergy. N Engl J Med 2015; 372:803-813
2) Ishido N, Matsuoka J, et al. Induction of donor-specific hyporesponsiveness and prolongation of cardiac allograft survival by jejunal administration of donor splenocytes. Transplantation. 1999;68(9):1377–1382.
3) Ishido N, Matsuoka J, et al. Induction of hyporesponsiveness and prolongation of cardiac allograft survival after jejunal administration of donor splenocytes and its abrogation by administration of gadolinium.Transplantation Proceedings. 1998;30(7):3881–3882.
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