人間は自由に憧れている(と言われている)。
小学生は夏休みが終わり新学期が始まる時、学校に行きたくない気分になる。しかし残念なことに、親に強制されて登校させられる。(学校が待ち遠しくてたまらない児童もいるかもしれないが、多くの人は、その児童たちの気持ちが理解できない)。会社に入った後も、連休のあと仕事に戻る気持ちは暗いだろう。まったくの自由であれば、仕事を休むかもしれない。そして、多くの人が退職後の姿を思い浮かべ、自由に行動できる日を夢見ているのだ。
サルトルが遺した有名な言葉に「人間は自由という刑に処せられている」という言葉がある。人間は、マニュアルによって生きるのではなく、さりとて、他者に強制されて生きるのでもなく、自分の自由に生きることが出来るように作られているので、自分の行動を他の原因に転嫁できないことを示している。つまり、自由を背負わされていると言っても良いのである。
生物は植物であれ、動物であれ、環境に大きく制約されている。チーターは、どこに行こうと、何をしようと「自由」だが、食べ物を自分で捕まえないと生きていくことは出来ない。それに対して、ペットは、行動を飼い主に制約されているので行動は不自由だが、飼い主から食物が提供され、生きることが保障されている。人類は狩猟採集生活から農耕生活に移るにつれて、食料や住居を保証してもらえる代わりに、自由を手放していったのである。
この事を現代に置き換えると、自由を獲得するためには、安定した生活を一部手放す必要があることを示している。反対に、現代人は安定した生活を得るために、自由を手放していることになる。自由の放棄は、大人になって仕事を探す際に表れるものではない。子供の時から周囲の環境に適合するように、両親や学校から躾けられているのである。小学校から高校までの教育では、自由を教える代わりに、適合性あるいは規律を重視する。日常の生活はもちろんの事、本来自由に学ぶべき学習においても自由は大幅に制限されている。大学生になるとその反動から一時的に自由を過剰に意識する。しかし、最近では、就職やその他の社会的規制によって、大学生も自由を次第に制限されつつあるのだろう。会社に入ると一人前の人間として扱われそうだが、そうではなく、さらに自由を制約する生活が始まる。サラリーマンに自由の概念が導入されると、もはや会社で働く気がしない人が多数出るかもしれない。イプセンの「人形の家」のノラのように、ある日突然会社から自由になろうとするかもしれないのだ。
しかし、一方で、エーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」に描かれているように、人間は自由を求めているように見えるが、実はそうでなくて、常に自由から逃げていて、一定の規則や拘束がないと生きていけないとも考えられる。世の中を革新するような事業や出来事は、常に自由な発想から生まれる。しかし、現代では、特に現代の日本では自由を得ることが難しくて、もしかしたら、自由を得ることから逃げているのかもしれない。
フランスの思想家である、ミシェル・フーコーによると、現代の統治者は目に見える身体的拘束を行って自由を奪うのではなく、もっと巧妙に情報の操作によって考えを操作し、自由を奪う傾向にあると述べている。そう考えると現代の日本では、自由に行動し、自由に考えること自体が小さい時から操作されていて、成人になる頃には、自分が自由に考えているかどうかも良く分からない状態になっているとさえ言えるのだ。その結果として、従順で規律に従う社会人が生まれている。その様な社会人に対して「創造力を発揮して仕事をしろ」と声高に言ったとしても、すでに遅すぎるのである。
この様な日本の状況は、安全・安心信仰によってなおさら増幅される。協調性を叩き込まれた若者は、安全・安心信仰をさらに被せられ、ささやかな自由によってのみ満足するのかもしれない。
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