分類することの問題点~果たして、認知症という分類は成立するかどうか?~

人間の頭に浮かぶ概念は多種多様だ。赤い物を想像した時、あるいは見た時に「赤」という分類に集約するには、あまりにも多様な赤が存在するだろう。それらを集約して「赤」と分類するのは、人間相互のコミュニケーションを容易にするためであり、また、共同生活を円滑に行うためでもある。言葉も同様だ。人間の頭に浮かんでくる色々なイメージを言葉によって表現することは、思っているイメージから膨大な省略を行い、さらに言葉による再構築を行う必要がある(分類することと同じような過程をとる)。書き言葉での表現に長けているは、作家や詩人であり、話し言葉に長けているのは、雄弁家、政治家などであるが、一般の多くの人は、自分のイメージを表現する言葉を見つけるために日常的に苦労しているのではないだろうか。

言葉以外にも、人間は分類好きである。分類することによって、理解が深まるからである。あの人は明るい人だ、あの人は暗い人だと言っても、その両極端の人が多いわけではない。どちらにも分類できない人が圧倒的に多いのだ。分類好きの現代人は、その分類によって被害を受ける場合もある。高齢者と分類されると、高齢者的な行動を無意識のうちに行ったり、世間もそのように取り扱うかもしれない。

今回取り上げるのは、認知症という分類である。一昔前の考え方は次のようなものであった。①年を取ると物覚えが悪くなる ②しかし、物覚えが悪い程度は人によって異なる ③従って年を取り、物覚えが悪いのはある程度容認できる 

以上のような考え方だった。記憶が多少障害されることは、年齢を経ればある程度当然のこととされ(皮膚にしわがよるように)、周囲の人は記憶力の低下をある程度容認していた。これらの状態は、疾患とは見なされず、従って日常的な慣習や倫理規範と渾然一体となっていた。その結果、高齢者は物忘れをする、頑固である、気難しい、仕事を任せる時には注意が必要だ、などの印象を与えていた。この時期でも、「痴呆」という分類は存在した。統合失調症や性病などで末期的な状態になると「痴呆」の状態になったのだ。但しこのような状態での「痴呆」分類は、明らかに普通の人とは異なった病態を示した人を指したのである。

認知症と名称が変わり、「痴呆」よりも分類に入れやすくなったので、認知症の数は飛躍的に増加した。当然のことながら、実態として認知症が増加したのでなく、分類の境界線の変更によって認知症が増えたのだ。これは、うつ病の分類の場合と同じような傾向である。その結果、認知症と診断された場合は、倫理的な非難を受けなくても良くなる代わりに、話しても理解できない人であるとの烙印を押され、社会から排除される傾向となった(そして医療費や介護費用も増加した)。認知症の分類はさらに拡大し、認知症以前の状態も(MCI)、認知症と同じような対処が必要であるかのように言われ始めたのである。

疾患と認定する以上は、病理学的変化が必要だ。認知症についての病理学的定義も存在する。しかし、この様な病理学的変化が、正常な老化にも発生することが問題なのである。そうすると、正常な老化(例えば90歳代の脳の状態)と、60歳の異常な記憶障害を来す物質の沈着との区別が難しい。この状態を細かく記述すればその差異は明らかになるのだが、「分類」好きな人間は、わかりやすい分類を好むのである。その結果、認知症と言われる人たちの中には、いわゆる正常な老化と、異常な老化が渾然一体で入り混ざっている状態になっている。この状態を解消するために、ガン診断の様に、診断基準として病理学的所見は得ることが難しい(脳の一部を取り出すことは出来ない)。精神疾患全般に言えることが、認知症の分類でも問題となる。

精神疾患全般では、症状に基づく分類が行われているが、疾患の範囲が拡大する傾向にある(DSM-Ⅴに対しての批判で、診断のインフレーションとの指摘)。分類することを前提とした診断のインフレーションには、功罪がある。シックロール(病者役割)と言われるように、診断を受けた人は病気のための行動と見なされ、倫理的な責任から免れる。一方で、診断を下されたために社会から疎外される傾向にある。同時に、「認知症に効く薬」の開発も、「色々な状態が混ざっている認知症に効く薬」を作ることが困難なのは、想像がつくだろう。問題は、認知症の増加にあるのでなく、認知症のような症状を呈する人たち(典型的な認知症状を示す場合と、昔からの物忘れ状態を呈する場合)を社会がどの様に包摂していくかにあるのだ。この点で、現在のような認知症の進行を制御することや認知症にならないようにすることなどは、意味をなさないことと理解できるだろう。

※DSMは、精神障害の分類(英語版)のための共通言語と標準的な基準を提示するものであり、アメリカ精神医学会によって出版された書籍である。DSMは、世界保健機関による疾病及び関連保健問題の国際統計分類(ICD)と共に、国際的に広く用いられている

公益財団法人橋本財団 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
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