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胃瘻について再び -「人生の最終段階における医療」を考える

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知人のAさん(以下Aさんと表記する)から、「私の祖父が亡くなった時、父親が力無くうなだれた姿に衝撃を受けた」という話をお聞きしました。

 

それは、Aさんのお父上の父親を亡くした喪失感からの落胆というよりは、そこに至るまでの父親に対するご自分の決断に対しての後悔と、それにも増して、その後の(信頼していた)担当医からの心無い言葉に対しての悔しさからだったようです。

 

事は、数か月前に遡ります。それまで幾つかの病気と闘ってきたおじい様が、高齢となり食も細ってきたために、これまでお世話になっていた先生にお願いして、入院することになったのでした。

入院前には、Aさんのお父上はご当人(祖父)から、「母さん(Aさんの祖母)の時のことを覚えていると思うが、母さんには自分(Aさんの祖父)の想いから、最期になって辛い思いをさせてしまった。自分もここまで長生きできたのだから、母さんの時のような無駄な延命処置はしないで欲しい」と言われていたのだそうです。


このことは、終焉を迎えようとしているご当人の傍に居るお父上のみならず、Aさんの母親やAさんを含めた兄弟も居る所で、しかも直接当のおじい様の口から伝えられたとのことなので、ご家族の中では、言わば「遺言」に近いものであったようです。

 

しかし、現実にはそうはいかなかったということでした。

おじい様の意識レベルが低下し、経口摂取ができなくなると、それまでに当人の希望を認識していたはずの担当医から、相談も無いままに「経口摂取ができなくなりましたので、鼻から管を入れて経管栄養をします」と告げられたのだそうです。こうした時、何故この医者がそう言ったのかは分かりません(まさか、病院の売り上げの為?ただ、そうではないと言いきれないのが実際です)が、ここで「否」と言えないのが「普通」の患者家族の感情なのです。つまりは、まだ元気になる余地が有るということか、(と言わないまでも)少しは延命効果が有るのではないかと藁にもすがる思いが芽生えることと、担当医の指示に従わないことで、もう診てもらえなくなるのではいか、治療(すでにケアの段階なのですが)を放棄されるのではないかという不安が湧いてくるからのようです※。
※このことは、今、この時点でも、病院や施設によっては現実にある話のようで恐怖です。

その後、意識レベルは低下したままで、Aさんのお父上の事も、ましてやAさんの事も分からぬままに経過したそうです。そして、1か月が過ぎた頃、お父上が担当医から呼び出され、「管が鼻に当って皮膚が荒れてきたので、胃瘻 いろう を付けましょう」との話が有り、用意された(かのようにすぐに出てきた)同意書に、その場で署名するように迫られた(いや、言われた)そうです。

これまでの流れの中で、お父上は反論する術もないままに署名をされたそうです。
この頃になると、Aさんのお父上はすでに父親との別れというよりは、母親の時に夫である父親が嘆いたと同じことを、しかも父親当人から「しないでくれ」と言われていたのに、結局自分(お父上)も父親にしていることに苦しんでいたようだったと言います。

そして、ついに最期の時がやってきました。勿論、Aさんもその場に立ち会ったそうですが、「御臨終」を告げた後、担当医は淡々とした様子で、「診断書を書いておきますから」と言い残して、部屋を出たそうです。この時点で、お父上は「親父が、やっと苦しみから逃れられた」いう感想を漏らされたそうです。しかしそれは本来の意味とは少し違っているように聞こえたのが辛いことであったそうです。

それから、1週間後、葬儀のあれこれが一段落したのを機に、お礼も兼ねてお父上が担当医に会いに行かれた時のことです。

 

あらかじめ、アポイントメントを取った上での訪問でした。お父上が「大変お世話になり有難うございました」と頭を下げた後、「先生、父に 胃瘻いろうを付けたのは良かったのでしょうか。私の中ではかえって父親を苦しめたのではないかと思えて、悩んでいるのです。もし患者が先生のご親族の方でしたらどうされますか」と続けられたそうでした。

 

すると、担当医から「そうですね。私なら最初から何もしませんでしたね」との言葉が、なんのためらいもなく返ってきたそうです。

 

その後、お父上がその医者とどのようなやり取りをなされて帰ってこられたのかはお聞きしませんでしたが、その心の内は想像を絶する辛いものであっただろうと思われてなりません。

これが最初に書いたAさんのお父上の「力無くうなだれた姿」の理由です。お父上は、未だに「あらかじめ当人から言われていたし、先生にも言っていたのに、何処で間違ったのだろう」と繰り返しておられるそうです。

 

それにしても、その担当医の返答次第で、お父上の苦しみもいくらかは減らすことができたのではなかったかと思うと、その医者の思いやりの無さに怒りが湧いてくるのを禁じ得ません。今の私にできることが有るとすれば、その担当医に会って「貴様のような医者はいらんから、もう一度勉強して出直して来い」と言うことしかなさそうです。

医者は患者さんやご家族の気持ちに寄り添うこと、そして、患者さんやご家族はもっとご本人の意思を主張して良いことを確認しておきたいと思います。

2018年4月に医療保険と介護保険の改訂が同時に行われました。これは、医療保険が2年に1度、介護保険が3年に1度の改定とされているため、6年に1度のダブル改訂ということで注目されました。当然「医療」と「介護」が連動することを前提の改定となることは必至でしたし、事実、看取りの分野でも「終末期医療」という言葉が無くなり、「人生の最終段階における医療」と新しい言葉が提示されることになりました。

 

そして、「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」※※ が2018年3月改訂で厚生労働省から出されたことからも、これまで「看取り」の分野だけで行われてきたことにお国も本腰を入れて取り組むことになり、「高齢化多死社会」へ向けて舵を切ったことが窺えます。
※※インターネットで簡単に見られます。

ガイドライン(GL)については、既に各疾患やケアの部門で200近い数が作られていると聞いています。そして、各GLの始めに「これが医師の裁量権を制限するものではない」と書かれてはいますが、法曹界はそのようには考えておらず、「GLに示されたやり方」が、現時点での標準的医療と見なされるようです。現実問題として、裁判などではGLと違ったことをして問題が起こった際には、それなりに納得のいく説明がされなければ(平たく言えば)「負ける」ことになるようです。

 

このため、若い(私から見ての事で、既に中堅とか指導医になっている年代も含めた)医者の中には、こうしたGL通りにするのが良い医療と勘違いしている雰囲気があるのも事実です(というか、当たり前になっているようです)。その意味では、今回の「人生の最終段階における医療(どうも長たらしいですね。ナンデ「終末期医療」デハイケナインダロウ)」が、医療保険と言う「お金が絡む」レベルに入って来たことは、ある意味では歓迎されるべきことなのかもしれません。

 

それにもまして、先のような心無い医者が少しでも減ることを願っています(未だにこんなことを書かなければならない日本の医療の貧困を嘆いています)。

 

 

 

参考までに。


2012年4月時点の医療保険では、「胃瘻いろう造設術」の保険点数は10,070点(1点は10円)でしたが、「胃瘻いろう 問題」が出始めたためか2014年4月の保険改訂からは6,070点となり、それまでなかった「胃瘻いろう抜去術」が新たに設けられ、2,000点の点数が付けられました(2018年の改訂でも同額)。


そのためだけではないでしょうが、2014年4月以降は、胃瘻いろう造設術が激減したという情報もあります。日本の医療は、国民皆保険の元に国の経済統制下にあるから仕方ないのでしょうが、「医は仁術」ならぬ「医は算術」のように思えてきませんか。

医療法人 寺田病院 院長板野 聡
岡山県倉敷市出身。
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
以来、消化器外科、消化器内視鏡を専門として地域医療に取り組んでいます。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職に。
「臨床外科」(医学書院)にエッセイ「1200字通信」を連載中。
2016年11月15日に短編小説集、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)を上梓しています。
2018年5月9日に「看取り請負人 死なせ屋ゴンがゆく」(ルネッサンス・アイ社)を新たに上梓しました。
日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、日本消化器内視鏡学会指導医、日本大腸肛門病学会指導医、日本消化器病学会専門医、
がん治療認定医、日本医師会産業医、ICD認定医、三重県警察医ほか。
趣味は映画、読書、クルマ。小型船舶1級免許取得。
岡山県倉敷市出身。
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
以来、消化器外科、消化器内視鏡を専門として地域医療に取り組んでいます。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職に。
「臨床外科」(医学書院)にエッセイ「1200字通信」を連載中。
2016年11月15日に短編小説集、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)を上梓しています。
2018年5月9日に「看取り請負人 死なせ屋ゴンがゆく」(ルネッサンス・アイ社)を新たに上梓しました。
日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、日本消化器内視鏡学会指導医、日本大腸肛門病学会指導医、日本消化器病学会専門医、
がん治療認定医、日本医師会産業医、ICD認定医、三重県警察医ほか。
趣味は映画、読書、クルマ。小型船舶1級免許取得。
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