日本での倫理学や哲学の衰退が、困難な問題に対して「話し合う」あるいは、「対話を重ねる」という文化を低下させているようだ。解決が困難な問題は、権威や権力に頼らずに地道な話し合いを重ねていき(場合によると数年から数十年)、その過程で見えてくる解決策を探っていくことが正攻法である。しかし、話し合い自体が感情的、権威的になると、自由な意見の陳述自体が困難になるし、一般人、あるいは、困難な状態を経験した人たちの意見を述べる機会を狭めるのである。
医療や科学が発達した時代において、人生の終末期にどの様に向かい合うかは、個人的な問題だが、同時に社会的な問題でもある。マスメディアにおいて、倫理的な問題について、その結論を「難しい問題です、皆で考えましょう」と単に投げかけるだけでは、話が進まない。ボトルネックになっているのは何か。そして社会的資源でそれを解決することが出来るかどうか、いかなる手段で解決するべきか、などについて建設的な意見を集約する必要がある。その点で「看取り」の問題は、すべての人が経験する「死」に関するものである。しかしそれは、未来の出来事であるが故に関心が薄い。それを身近な事として、全ての人に関心を向けるように努力しなければならない。ここで注意すべきは、多くの人が、看取られる側での論理よりも看取る側で考えていることだ。看取りの問題は当事者、つまり、看取られる側が主体であるべきだ。
日本は、世界一の高齢化が進んでいる。高齢になれば死についての関心は、若者よりも大幅に強くなるはずである。従って、看取りの問題も看取られる側の視点を加えて、多くの人にとって話し合いの材料になるのではないか。
まず現状を見てみよう。厚労省は、平成19年5月に「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を取りまとめている。さらに、平成26年度に「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」に改称した。以下にガイドラインを提示する。よく出来たガイドラインである。
このガイドラインは、前半に、「人生の最終段階における医療及びケアの在り方」を述べ、後半に、「人生の最終段階における医療及びケアの方針の決定手続」を説明している。今回はその前半、「人生の最終段階における医療及びケアの在り方」について批評したい。
内容は、
① 状態や治療についての情報が患者に提供され、患者本人自身の意思を尊重する必要があること、
② 医師単独で決定しないで、医療チームの考えを持ち決定すること
③ 緩和ケアを最大限導入すること
などである。
例えば、看取りの場所を、自宅又はその他の場所で行う場合、患者本人の意向を最大限尊重すべきである。その為の考え方あるいは資源をどの様にするかは、方法論的な問題なので解決できないわけではない。解決が困難な問題は社会の慣習にある。家族は患者に縛られ、患者が家族に縛られていることが問題なのである。
例えば、最も多い高齢者夫婦所帯を想定してみよう。夫ががんに罹り自宅で最期を迎えることを希望した場合、まず、その希望を叶えることを確認する(それが無理な事も確認する)。そして、希望を叶える場合には、病状を本人に正確に報告すると共に、医療機関や介護施設と同等の世話は期待しないこと。周囲の人たちの生活も考慮することが条件となることを説明し、本人に納得させることが大切だ。
通常、看取りの問題が生じた場合、妻や娘は、夫あるいは父親の看護にすべてをささげる場合を除き(ほとんど大部分はそうでない)他の仕事や、それに関わり合いを継続的に持つことを希望している。ここで、看護とその他の仕事の関係が「合理的に」判断出来ればよい。例えば、妻は、1週間に3回の習い事に通い、夜間は、ナースコールを訪問介護あるいは訪問看護の事業所に直結して、安心して眠ることが出来るようにする。娘は、週に1回訪問して半日介護を行う。この様な共同作業をまず計画すべきである。当然のことながら公的な訪問介護・看護、さらに自費での介護も計画に入るだろう。参加する人数は多ければ多いほどよい。ただし、参加者はケアマネジャーを中心とした取りまとめ者から説明を聞き、十分理解する必要がある。
また、その前に大切な事であるが、夫は、自分が24時間連続でケアを受けているのではなく、必要に応じてケアを受けていることを理解する必要もある。一方の希望(自宅で最期を迎えること)を叶えるためには、一部の要望(常に近くに付き添ってもらうこと)をあきらめなければならない。この交渉は何回も行い、何回も納得してもらわなければならない(病状の変化に伴い気持ちも変化する)。
医療側の態度であるが、医師独自の判断ではなく、あくまでもケアチームとしての判断が必要だ。医師の権威がまだ高い現状では(特に中小の医療機関)チームと言っても名ばかりに終わる場合が多い。現状では、医師がリーダーにならざるを得ない場合が多いので、医師は、その選択が最良のものではなくても、チームの決定に従う必要がある。例えば、自宅でのケアが出来るかどうかの選択においては、患者の意思や家族の希望、ケアスタッフの考えや患者の医療的な状態、そして家族の環境などが総合的に考慮されるので、医師が最も注目する患者の医療的な状態からの判断に反する場合も現れる。
医師は通常科学者としての態度を取るので、患者の状態を細かく知りたいものである。しかし、その他のスタッフがそうではない場合もある。CTが必要で、検査をしなければならないと言うことを拒否されるかもしれない。また、医師が自分のスケジュールを優先し、治療の段取りを決めてしまうことによって、不信感を与えるかもしれない。医師は自分自身の出来ることと出来ないことを明確にして、他者に委ねる必要もある。
家族の介護疲れが問題となる場合が多いが、これは、自宅でのケアを合理的に判断する指揮者が必要である。日本的慣習をある程度考慮しても、一定期間(1か月以上)続く介護の場合は、関係者がそれぞれの役割を合理的に果たすように、前もって話し合いを行う必要がある。そして、体裁よりも実質をとり、すべては、在宅でのケアを実現させるためという目的が必要だ。あらゆる場面を想定することは、患者家族には不可能であるが、医療介護関係者には可能である。
現在の制度では、家族も含めた全体的な取りまとめは(医療チームではない)、ケアマネジャーが当たる必要がある。しかし、現状ではケアマネジャーがこの様な場合の段取りを、「合理的」にまとめる能力は無い。ここでは、現在の制度が、ケアマネジャーとソーシャルワーカーが別物であるとの考えが大きな障害となっている。介護保険上でのケアマネジャーの位置づけがあまりに軽すぎるのだ。ケアマネジャーがその任に相当しない場合は、他の医療職が代行する。例えば、訪問看護師などである。しかし、人間一人の生活や生死を左右する担当者としては、ケアマネジャーは能力的に不十分であるが、現状の制度では、その担当を行うしかないのだ。
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